コラム

岩村カヨ子 逝く 2016年10月17日 Kayoko Iwamura

 

 

インドネシア国パルでの孤児支縁 現地報道  2019年5月9日付

『ラダー スルテン紙』(2019年5月9日付) 記事 日本語訳


 SILATURAHMI:中央スラウェシ州の書記(次期長官とパル市民は期待),Hidayat Lamakarateと会った岩村義雄。

MUGNI SUPARDI記者
ENTERTAINING:
岩村義雄は,ペトボの液状化で両親を失った子どもの一人であるフィドラスの世話を始めました。

日本人,岩村義雄がパルの被災者の子どもたちを支援

PALU – 中央スラウェシ州の地震,津波,液状化の被害を受けた子供たちを支援することを目的としています。日本から来こらました男性は,身寄りがない子どもたちを探しています。両親がいない被災者の子どもたちは,施設のうちの1つに住む場所を備え,成長して自立できるようになるまで資金が里親から支給されます。子ども用施設はBTN Palupi Permai Blokに建設予定です。 V5 No.14の地番です。「カヨコ・チルドレン・ホーム」です。カヨコさん自身は、約3年前に亡くなった妻の名前から取ったものです。この夫婦は子どもたちに恵まれていなかったので、岩村義雄は放棄され孤児になった子供たちを助けるために世界に出かけています。
 「カヨコ・チルドレン・ホーム」は,施設で大人になるまで,孤児1人あたり月額3000円の教育費支縁が提供されます」,と本誌に語りました。
 今回の支援では,岩村義雄は,災害の被害を受けた子どもたちのために日本人から集められた寄付金です。最初に,岩村義雄は2018年9月31日,つまり震災から3日後にパルにやって来ました。彼はBASARNASメンバーと一緒に救助活動をしました。教育省 Ir.Edward Abdurrahman, M.Sc長官や,地質研究家Maryoko Hadi博士と,会談しました。インドネシア各地に教育機関を建造する議題,火山の噴火にどう対応するか,日本からの支縁について約2時間話し合われました。その後,ジョコ・ウィドド大統領宛の井戸敏三兵庫県知事,久元喜造神戸市長の親書をが手渡されました。

 現時点では,彼の高貴なはたらきのためにパル市に四度目になる岩村義雄の訪問が9月14日に予定されています。ホームの家の開所式です。施設は少なくとも5人の子どもの予定です。

 第3回目の訪問である昨日の水曜日(5月8日)に,岩村義雄はペトボの液化中に両親を失った子どもの一人と会いました。仮設小屋で出会った4歳半の少年フィドラスは,祖母のCarida Muhammad(58)と同居しています。震災時に11人の家族をペトボの液状化で亡くしました。「二度目のフィドラスとの出会い,私たち神戸国際支縁機構,「カヨ子基金」の意図や支縁を家族に伝えましたが,それでもフィドラスは彼の祖母から離れることはできません。この仮設小屋ではフィドラスの祖母は他の妹たちために調理する役割があるのですぐにホームに入れない」,という説明がありました。岩村義雄が直面している問題は,祖父たちなど親戚が通常孤児を手放すことにすぐに同意しないということでした。しかし,現実的な子どもたちの生活,学び,将来への見通しを考えると,一番,子ども達にとって良い選択であると判断されるのは時間の問題です。
 彼はまた,神戸国際支縁機構の目的と「カヨ子基金」の目的をパル市に説明することにより,中央スラウェシ州務長官H Moh Hidayat Lamakarate MSiと会談にこぎつけました。被災した子どもたちのための施設を建設するための費用として,機構は土地,維持管理,人件費を含まない100万円を提供しました。立地条件として,施設は学校やモスクの近くに建設されます。子どもの教育は円滑になり,またモラルなどの宗教に関する知識も得られやすい環境にあります。
 「このはたらきのために,私たちは適切なパートナー,ステファン&イエニ・リンボキファミリーを見つけました。そして,リンボキ家族は施設を建設して維持するためのまかないにも責任をもちます。この家族はパルの子どもたちの世話をする最も適切な人です」,と彼は言いました。

SILATURA HMI: Clerk of Central Sulawesi Province, Yoshio Iwamura who met with Hidayat Lamakarate.

MUGNI SUPARDI Reporter
ENTERTAINING:
Yoshio Iwamura started taking care of Firdaus, one of the children who lost their parents due to Petobo fluidization.

Japanese, Yoshio Iwamura supports children of victims of Palu

PALU-aims to help children affected by earthquakes, tsunamis and Firdaus in Central Sulawesi Province. Men who came from Japan are looking for children who have no children. Children of victims without parents have a place to live in one of the facilities, and funds are provided by foster parents until they can grow and become independent. A children’s facility will be built at BTN Palupi Permai, Blok. V5. No.14. It is “Kayoko Children Home”. Kayoko himself was taken from the name of his wife who died about three years ago. As this couple was not blessed with children, Yoshio Iwamura is out in the world to help the abandoned and orphaned children.
“Kayoko Children Home” is told in the journal that an orphan will be provided with an education fee of 3,000 yen per month, until an adult at an institution.
In this support, Yoshio Iwamura is a donation raised by Japanese people for children affected by the disaster. First, Yoshio Iwamura came to Pal on September 31, 2018, three days after the earthquake. He rescued with BASARNAS members.
Yoshio Iwamura met with Dr. Ir.Edward Abdurrahman, Director of M.Sc, and Dr. Maryoko Hadi, Geologist. The agenda for building educational institutions in various places in Indonesia, how to respond to volcanic eruptions, and how much support from Japan was discussed for about two hours. After that, Yoshio Iwamura were handed over autograph letters from Toshizo Ido, Governor of Hyogo Prefecture, and the mayor of Kobe, Mr. Kizo Hisamoto.

At the moment, a visit for Yoshio Iwamura, scheduled to be held for the fourth time in Pal due to his noble work, is scheduled for 14 September. It is the opening ceremony of the facility. It is available for at least 5 children.
Yoshio Iwamura met with one of the children who lost her parents during Petobo’s fluidization on Wednesday, May 8th, the third visit. The four and a half-year-old boy Firdaus, who he met in the temporary hut, lives with his grandmother, Carida Muhammad (58). At the time of the earthquake, 11 families were killed in Petobo’s fluidization. “I met my family for the second time, and we told the family about the intentions and support of “Kobe International Sustaining Organization”,“Kayoko Fund,” but Firdaus still can not leave his grandmother. In this temporary hut, Firdaus’s grandmother has a role to cook for other sisters, so she can not go home immediately.” The problem facing Yoshio Iwamura was that relatives, such as grandfathers, usually did not immediately agree to let go of orphans. However, given the realistic life, learning, and future prospects of children, it is only a matter of time before it is judged to be the best choice for children.
He also held talks with the Secretary of State of Central Sulawesi, H Moh Hidayat Lamakarate MSi, by explaining the purpose of “Kobe International Sustaining Organization” and the purpose of the “Kayoko Fund” to Palu city. As an expense for the construction of a facility for the affected children, the organization provided 1 million yen including land, maintenance and labor costs. As a location condition, the facility will be built near the school or mosque. The education of children is smooth, and it is easy to get knowledge about religions such as morals.
“For this work, we found the right partner, Stephan & Yeni Limboki Family, and the Rinboki Family is also responsible for failure to build and maintain the facility. This Family is the most appropriate person to take care of the children of Palu,” he said.

 

「カヨコ・チルドレン・センター」開所式 2018年12月5日

インドネシア国パルでの孤児救済


第2回目の故岩村カヨ子を偲ぶ記念会を開催しました。
 日 時 :  2018年1110日(土) 午後1時半~3時  (開場1時)
 場 所 :  狩口地域センター
      655-0049神戸市垂水区 狩口台7-6-5 電話 078-783-6501
      JR朝霧駅北側徒歩600メートル
 参加費:   お花料などは一切いただきません。予めご了解ください

 岩村カヨ子夫人が愛したひとり小菅あゆみ姉は当日,会場に美しい花を関東から送付してくださいました。花をこよなく愛したこと,いつも母の日にプレゼントしてくださったあゆみ姉のアガペ愛が会を一層盛り上げてくれました。感謝。

坂井良行住職(高野山真言宗西方院)の故岩村カヨ子夫人についてのエピソード。
 
水谷弥生さんの高校生時代,I.C.S.における岩村カヨ子夫人の思い出。
 2017年から,故人の残した預貯金は「カヨ子基金」(英語名“Kayoko Fund”)として海外被災地の孤児のために用います。
 また里親として温かい心を示してくださる3千円は,一円も引かれずにそれぞれの現地で孤児の教育費に充てられています。
 

「カヨ子基金」

 

 

里親申し込み書 ⇒ 里親自動振り込み同意書

第4次ベトナム・水害ボランティア(2018年6月3日~10日) クアンビン省アントイ地区

「カヨ子基金」セレモニー アントイ地区 2018年6月5日
 
 
「カヨ子基金」セレモニー アントイ地区 2018年6月5日
「カヨ子基金」セレモニー アントイ地区 2018年6月5日

 ベトナム人孤児3人追加 いずれも父親がいないで母親が廃品回収などで生計を立てている。(2018年6月7日)

ノーアイ君(15歳) 2018年6月7日
ダット君(13歳) 左端2018年6月7日
ディエムさん(15歳)2018年6月7日

毎月3千円を里親として孤児に3千円を手渡している方  申し込み順 2019年9月1日現在

 1. 池永タケコ
 2. 中田美子
 3. 本田寿久
 4. 酒井彰
 5. 本田洋子
 6. 村上安世
 7. 原田洋子(2)
 8. 辻良雄(2)
 9. 宮田佳典
10. 村上裕隆
11. 中山圭子
12. さかいようこ
13. 新井眞由美
14. 菊池則子
15. 藤丸秀浄(法専寺住職)
16. 佐野良子
17. 村田充八
18. 土手ゆき子
19. 岩村義雄
20. 神戸国際キリスト教会
21. 北村徹
22. 岡野彩子
23. 坂本好也
24. 樋口進
25. 北村恭男
26. ゲーベルひでみ
27. 大島敏子
28. 山田慎一郎
29. 上野登志子
30. 吉持志保
31. 石川満澄
32. 青……匿名
33. 金貴順
34. 樋口多恵子
35. 白方誠彌
36. 福岡真悟
37. 高橋一正
38. 池……匿名
39. 山本智也
40. 山本美和子
41. 坂井ひとみ
42. 安田吉三郎
43. 本田大輔
44. 星野尚子
45. 高野貴子
46. 松本真祐
47. 村田義人
48. 星野尚子
49. 山下妙子
50. 東灘バプテスト教会
51. 聖ヴィンセンシオ愛徳姉妹会

2019年9月1日現在,毎月全額3千円を受け取っている孤児は68名になろうとしていますが,12名分,
年450,000円不足しています。

 

 2019年5月31日には,障がい者回復院を再訪問しました。機構の支縁による新しい建物で遊具に喜ぶ子ども達と再会しました。「カヨ子基金」の子ども近寄ってきてくれました。スィンヨンちゃん,チュクム君,リクク君 ,キムちゃん,ホング君の5人だとすぐにわかりました。
 孫・ヒャン・チュンさんの子どもに対する情熱,積極的なヴィジョン,親しまれる人柄が海外からの支縁も
取り付けています。

 社会主義圏では,全世界で「子どもの日」が祝われます。健常者の幼稚園児と,障がい者回復院の子
ども達がなごやかに交流します。健常者がダウン症,知能の障がい者,ハンディキャップでの子ども達を 決して偏り見ることがなく,一緒に競技,遊戯,ゲームを楽しみます。「カヨ子基金」のスィンヨンちゃん,チ ュクム君,リクク君,キムちゃん,ホング君も目が輝いていました。

 

ネパール国ダルマスタディ 孤児たちテレビ報道される

 

 

孤児たちの今 MCH(Manahari Children Home)マナハリ・チルドレン・ホーム 2017年6月24日 Kayoko Fund Kayoko Iwamura

 

「カヨ子基金」により,孤児たちの最大の願い「大人になりたい」が実現にいたろうとしています。

『石巻かほく』つつじ野⑦ (2017年11月14日付)
ベトナム国アントイ地区の「カヨ子基金」の孤児たち 通学 2017年11月9日
『石巻かほく』つつじ野③ (2017年10月17日付)
「カヨ子基金」を報道する各紙
「カヨ子基金」 Kayoko Fund マスコミ各紙 Kayoko Iwamura
『キリスト新聞』(2017年4月1日付)トップニュース Kayoko Iwamura
「カヨ子基金」 Kayoko Fund 『キリスト新聞』第一面記事(2017年4月1日付) Kayoko Iwamura
「カヨ子基金」Kayoko Fund 『クリスチャン新聞』(2017年6月25日付) Kayoko Iwamura
「カヨ子基金」Kayoko Fund 『中外日報』(2017年5月24日付) Kayoko Iwamura
「カヨ子基金」 Kayoko Fund 『クリスチャン新聞』(2017年2月26日付) Kayoko Iwamura
2011年11月2日 老人ホーム慰問

京都エルファ 老人ホーム慰問 2011年11月2日 Kayoko Iwamura

 「息子,娘,男女の奴隷,あなたの町にいるレビ人,寄留者,孤児,寡婦などと共にこの祭りを喜び祝いなさい」(申命記 16:14)。
 <参照>岩村カヨ子は「寄留者」,つまり在日朝鮮人の友と共に生きました。毎年「神戸朝鮮初中級学校」の バザーに欠かさず,出席し,自発的に踊りも楽しみました。在りし日。2015年11月15日。
 ≪動画参照≫ マイノリティー(少数者)と共に生きる

 2017年10月17日(火)午後1時半 記念会を予定しています。
 ⇒ 1年を経て 記念会のご案内    どなたでもお越しいただけます。

 医療学会で話した「キリスト教の弔い―現代問われている死生観」
          2016年11月12日(土) 東京都池袋  岩村義雄

岩村カヨ子自筆メモ書き 2016年9月28日 在宅ホスピス
岩村カヨ子自筆メモ書き       2016年9月8日 在宅ホスピス Kayoko Iwamura
 2017年から,故人の残した預貯金は「カヨ子基金」(英語名“Kayoko Fund”)として海外被災地の孤児のために用います。

⇒「カヨ子基金

 海外の孤児たちの教育費に用います。日本と比べて,物価は十分の一ほどです。ネパール,バヌアツ,ベトナムの親を自然災害などで失った貧しい子どもたちが大人になることができるように,毎月,一口3千円ずつ自動引き落としを通じて,あなたのお心をお伝えください。

 郵便振替           口座 1434096549731 加入者名  カヨ子基金
 みなと銀行        明舞支店(175)   普通 3921374   カヨ子基金
 三菱東京UFJ銀行  三宮支店(462)   普通 3422530   Kayoko Fund
 三井住友銀行   神戸営業部(500)  普通 9821847     カヨ子基金
 みずほ銀行    神戸支店(490)   普通 1817303     カヨ子基金

Postal transfer account 14340-96549731 Subscriber’s name Kayoko Fund
Minato Bank Akai Branch (175) Normal 3921374 Kayoko Foundation fund
Bank of Mitsubishi UFJ Sannomiya Branch (462) Normal 3422530 Kayoko Fund
Sumitomo Mitsui Banking Corporation Kobe Sales Department (500) Normal 9821847 Kayoko Foundation
Mizuho Bank Kobe Branch (490) Normal 1817303 Kayoko Foundation 

      ※ 自動引き落としの手続きの詳細は,⇒ 「里親お申し込み」
  ※ 不明は事務局にお尋ねください。

 海外の被災地において,弱者に寄りそう活動を行うことにより,地域の子どもたちにとって安心して生活,教育ができるよう切においのりします。宮田佳典 2017年2月5日

菊池則子(5),南村洋子,杉浦征子,古本佳世子,三浦照子,武田多美,今野順子,春原和子,森 祐理,塩屋キリスト教会,中島信光,山本 桂(3),高島邦生,岩村義雄(7),神戸国際キリスト教会(5),寺岡秀祐,森川 甫,日本基督教団神戸栄光教会,中田美子,神戸聖福教会,李敬淑,村上裕隆,本田寿久(3),本田洋子,宮田佳典,辻 良雄(2),さかいようこ(3),岡野彩子,原田洋子,酒井 彰,酒井久美子,池永タケコ(2),村上安世,安田吉三郎(2),三木美保(2),斉藤真紀子,新井眞由美,本田哲郎,水垣 渉,西上千栄子(7),中山圭子,島田信一(3),保田 薫,山本智也(2),佐野良子,守屋香代子(3),塩見みよこ,中村和子,村田充八,岡本玲子,北川禮子(4),土手ゆき子,北村 徹,大江良一,日本ナザレン教団小倉教会,吉持志保,西崎京子,犬童幸二,坂本好也,新免 貢(2),宮坂信章(6),今井祝雄,樋口 進,永野真治,東灘バプテスト教会(3),千葉幸一(宮城県石巻市)(5),兵頭晴喜(2),藤原りつ子(朝霧病院),竹内喜子,大島 修,大島敏子,北村恭男,ゲーベルひでみ,山田慎一郎,上野登志子,徐 桂英,尾島淳義(2),坂井良行(高野山真言宗西方院住職),飯原洋子(2),山下妙子(4),権 英富,崔 勝久,春重祺子(2),川崎栄子,石川満澄,石川久子,五百井正浩(真宗大谷派玉龍寺住職),坂牧弓絃(3),大田美智子,横山豊宥(無障金剛院住職),「小さくされた人々のための福音」講座(18),庄司慈明(宮城県石巻),小笠原貞夫(2),野崎和子(2),石黒正義,坂上順子,沖縄バプテスト連盟 ルア教会,三木晴雄,廣森勝久,木村褜治(宮城県石巻市)(3),大田正紀,岩下喜恵子,小菅あゆみ,西岡本キリスト教会,新井眞由美,KISO牧場(3),中山敬一郎(3),杉浦征子,川井浩三,川井 拓(2),大嶋善直,渋木洋一,渋木孝江,丹野清(宮城県石巻市市会議長),池田裕子(2),早野美智子,湊 乃莉子,荒木みつる,青木玉江(4),谷合公江,平澤久紀,鄭恵姫(3),酒巻美和子,福島陽子,三木清,三木千佳,的野慶子,藤原加寿子(4),鶴崎祥子(3),山下 寛,山下弘美,白川台キリスト教会 小紫義弘,主イエス恵愛教会 高橋 務,守屋香代子,白方誠彌(2),土手 朋(2),土手 暁,井元親男,岩間 洋(2),岩間千恵子(2),池永タケコ,有年米子(3),祐照寺(古川真照住職)(2),高橋一正(6),高橋秀典,山本次子,高橋信二(丹波),濱田和子,日本基督教団神戸栄光教会,オリーブの木キリスト教会(2),石川満澄,石川久子,伊藤睦人(福岡県松末),福井重男(2),小野寺 脩(宮城県石巻市),有限会社吉田興業 吉田 明,青活祭フェスティバル,吉俣正光,忠内一由,忠内有紀,栗原 健,坪井久子,小島崇文,水谷弥生,朴 明子,岡田小百合,垂水朝祷会,白瀬小一郎(2),阿部純子(宮城県石巻市)(3),小島千鶴,高島邦夫,河内常男,松村淳子,吉永輝次,松本裕之,杣 浩二,春重祺子,阿部和夫(宮城県石巻市)(2),金 貴順,藤丸秀浄(法専寺住職),樋口多恵子(宮城県石巻市),神戸キリスト教書店,「御同朋(おんどうぼう)の社会をめざす運動」,久留島琴(6),松浦和彦,松浦博子,熊野千秋(2),袴田康裕,福岡真悟,福岡真悟ウィルシー,真宗大谷派仙台教区仏教青年会有志,古本泉夫, 古本愛子,柳澤 豊,池田春子,大久保和代,遠藤トシ江(宮城県石巻市),植地優子,楠元留美子,松本真祐,崔 勝久,森 隆充,廣瀬素子(3),東垂水ルーテル教会,山下 寛,山下弘美,小野寺 脩(宮城県石巻市),畠田 敬,中山圭子,森 祐理,栗原 健,山本美和子(4),平松幸子,主イエス恵愛教会,高橋 務,福本修平,日本自由メソヂスト葛城キリスト教会,米澤澄子,坂本直子,櫻井由里子(2),日本基督教団神戸栄光教会,イエス・キリスト聖成伝道教会,山本 稔,井本敦幸,浜崎照夫,観音寺(三鷹市),樋口 實(朝倉市松末),東原良学,恩田 怜,朴 大成 ,鄭 恵姫,手島勲矢,福井重男,福井昌子(2),渡辺 徹,岡部京子,白承豪,藤本英樹,日本基督教団久宝教会,(株)ムラサキスポーツ,金山良雄,松森正樹,日野謙一,赤坂さちこ(岩手県紫波郡),秋田喜代子,福森恵美,石井泰代,山村ちずえ,内藤幸子,島内眞知子,沖 菜穂子,古川直子,日本バプテスト同盟西岡本キリスト教会,垂水仏教会,三宅幸子,桜間裕章,池田久美子,井本敦幸,秋田喜代子,大宮有博,脇 友子(熊本市),匿名

※ 平澤久紀さまからのご入金は10月17日にございましたけれど,記入漏れがあり,非礼の段,ご容赦ください。岩村義雄。
竹内喜子さまからたくさんの郵便切手が届き,感謝です。

「カヨ子基金」によるネパールの孤児
「カヨ子基金」 Kayoko Fundによるネパールの孤児

 

 

 海外の孤児たちの教育費に用います。日本と比べて,物価は十分の一ほどです。ネパール,バヌアツ,ベトナムの親を自然災害などで失った貧しい子どもたちが大人になることができるように,毎月,一口3千円ずつ自動引き落としを通じて,あなたのお心をお伝えください。

 郵便振替           口座 1434096549731 加入者名  カヨ子基金
 みなと銀行        明舞支店(175)   普通 3921374   カヨ子基金
 三菱東京UFJ銀行  三宮支店(462)   普通 3422530   Kayoko Fund
 三井住友銀行   神戸営業部(500)  普通 9821847     カヨ子基金
 みずほ銀行    神戸支店(490)   普通 1817303     カヨ子基金

  ※ 自動引き落としの手続きの詳細は,⇒ 「里親お申し込み」
  ※ 不明は事務局にお尋ねください。

ラジオ関西 2017年2月1日放映 「カヨ子基金」 Kayoko Fund

 

ボランティア道のお母さん,ありがとうございました。

京都エルファ 老人ホーム慰問 2011年11月2日

 「息子,娘,男女の奴隷,あなたの町にいるレビ人,寄留者,孤児,寡婦などと共にこの祭りを喜び祝いなさい」(申命記 16:14)。
 <参照>岩村カヨ子は「寄留者」,つまり在日朝鮮人の友と共に生きました。毎年「神戸朝鮮初中級学校」の バザーに欠かさず,出席し,自発的に踊りも楽しみました。在りし日。2015年11月15日。
 ≪動画参照≫ マイノリティー(少数者)と共に生きる

 2017年10月17日(火)午後1時半 記念会を予定しています。
  <参照> ボランティア道の母逝く
 ⇒ 1年を経て 記念会のご案内    どなたでもお越しいただけます。

 医療学会で話した「キリスト教の弔い―現代問われている死生観」
          2016年11月12日(土) 東京都池袋  岩村義雄

岩村カヨ子自筆メモ書き 2016年9月28日 在宅ホスピス
岩村カヨ子自筆メモ書き Kayoko Iwamura 2016年9月8日 在宅ホスピス
生花が途切れることなく届くことに感謝。

 家内が愛した花。家に花がない日はなかった。小原流の二級脇教授になり,連続優秀賞をいただいていたこともあった。逝去しても,だれかしらが花を届けてくださる。今日も。東北ボランティアに参加された守屋香代子さん(第23次),榧裕美さん(第25次)が画像の生花を送付してくださった。2017年1月25日。
 2016年10月17日以降,松浦博子さん,三木晴雄氏,都倉久子さん,舟見和子さん,野﨑泰子さん,八木美恵子さん,大迫孝子さん,小菅あゆみさん,大田正紀理事,井上眞貴子さん,塩見みよこさん,山本真理子さん,土手ゆき子さんたちからの生花を妻と共に喜ぶ。

                                                      2017年1月30日  榧裕美 (第25次)

 お花は奥さんのイメージです,と伝えましたが,奥さんそのものが,まるで花のような方だと思っています。周りを,その場をぱっと明るくやさしくする光のような方だとそう感じます。
 奥さまにお会いしたのは,機構の季刊誌の封入作業のお手伝いでおじゃました際,まるで以前から知っていたかのように,迎えてくださいました。おやつとお茶とを出して,いたわってくださったこと,もてなしてくださったこと,そのときのあたたかな笑顔が何より印象的です。
 心からの気持ちが,その場にあふれ出て,あったかく明るくさせてくれるのだと思います。
 あらためて,ホームページでお写真やみなさんのメッセージを見てそう強く思いました。 わたしもお礼が言いたいです。温かく迎えてくださったこと,本当にありがとうございます。どうかどうか穏やかなお気持ちでいらっしゃいますように☆

 故人を偲んで                     
                                  本田寿久
 岩村カヨ子夫人は2016年10月17日,逝去。
 夫岩村義雄理事長は,被災地や,天涯孤独の方の身元引受人,弱者や難民に寄り添うボランティア,収入は決して多くはありません。にもかかわらず,不平を漏らさず,妻として家事にいそしみ,柔和に自宅に出入りする多くの若者たちを導きました。結婚生活のほとんどは他者のためであったにもかかわらず,身だしなみ,振る舞い,外観は生活苦を微塵も感じさせませんでした。初対面の人は裕福な奥さまに映ったことでしょう。しかし,生活の実状がだんだんわかってくるとどこにそんなマジックのような秘訣があるか不思議でした。貧しくとも「世界一の夫婦(みょうと)」としてうらやましがられるほど,夫婦仲は近所でも有名でした。

 20人近くの若者たちに即座に食べさせるために,「飯場(はんば)のおばさん」と呼ぶ女性もいました。家事らしいことを何もしたことのないように見えるのに,またたくまに包丁,調理,味付けをしてしまいます。文春文庫の桐島洋子著『聡明な女性は料理がうまい』という本がありますけれど,まさしく夫人のことを描写しているかのようです。掃除をはじめ,裁縫,盛りつけなど何をするにしてとうてい真似ができないほど賢さがにじみ出ていました。

発送作業 岩村カヨ子(右奥) 食事を提供する 2013年8月13日 Kayoko Iwamura

 家族間の不和,反抗期の子どもをもつ親,宗教の不信感などについて,電話だけでなく,何時間でも親身になって聴かれていました。そのことで文句を申し上げたことがあります。「かかってきたらすぐに電話を切ってください」と。 
 食事や入浴,プライベートのゆったりした時間はないづくめでした。とことん相手の側に感情移入されていました。口は固く,個々の秘密は決してだれにも漏らさないことでも信頼されていました。それはすごいストレスであったと私たち夫婦でよく話題なったものです。
 炎天下で道路工事をしている労働者をみると,見知らぬ人たちにでさえ,冷たい飲物を持って行く姿は天使のようでした。
 私は小学校の時から,夫人を尊敬し,まぶしいように見てきました。亡くなった私の父,また,私の母が寝込んだり,入院した時もお弁当や,洗濯,買い物など自分の家族ができないことをしてくださいました。
 多くの人々に自分の身を粉にして仕える生き 様こそ「ボランティア道の母」と言えます。私たち夫婦,息子たちだけでなく,悩んでいる人にとり,かけがえのない存在であり ました。
 妻の役割はきませんが岩村義雄を支えていきますから,安心してください。

2016年9月,歩くことがおぼつかなくなる時,黙想している心を書き留める。Kayoko Iwamura

死ぬということ

                                 山本智也
 中学生の時に兄に続いて,英語を教えていただいた恩師である岩村先生と出会いました。厳しく教えて頂きました。先生に竹の棒で指導してもらった時には,奥さんは優しく慰めてくれた事をよく覚えています。高校生になってからは優しさだけではなく礼儀,言葉使い,髪型などもよく諭されました。私は頑固で勝手気ままな性格ですので直接注意を受けても素直でないことを夫人はよく理解しておられました。なるほどと巧みに気付かせてくださるのです。デリカシーのない私は奥さんを困らせた事がありました。そんな時,奥さんはダイニングルームに呼んで,一対一で時間をかけてわかるように話をしてくださった事は一度や二度ではありません。愛情豊かな気遣いをなさる奥さんに出会えたことは僕にとっては心の財産です。将来結婚するには,このような女性に巡り会うしかないとずっと思い続けました。
 そんな奥さんが2010年に足の皮膚癌になった時にとても心配しました。奥さんは「痛いけれど掃除しないと落ち着かないし,気が済まないわ。やることがいっぱいあるから痛いとか言ってられないでしょう」とよく家事をされていた印象が強いです。心配していたことも忘れるくらい元気に生き生きとされていました。 とても強いパワーが私を圧倒し,かえって私が元気をもらったくらいです。

 2011年以降,東北のボランティアで先生が忙しくしている時もきっと痛みがあったにもかかわらず先生のフォローを全力で取り組まれていました。夫人から弱音を聞いたことがありません。だれに対しても笑顔で迎えられます。交友関係で私が友達とうまくい かなくなったりした時は奥さまの方から私の表情をみて,時間を とってくださいました。
 今年の5月末には「残りわずか」と兵庫県立がんセンターで余命宣告を受け,治療がだめと耳にされました。主人を放っておいて死ねないという妻としての使命に生きてこられただけにショックであったことでしょう。奥さんは延命処置をとらず,在宅で夫と一緒に過ごすことを選ばれました。ご自宅に立ち寄りますと,そんな病のこと微塵も感じさせず,笑顔でもてなしてくださいました。先生は,若い時のニックネームの牛若丸のように疾風の如く突っ走って来られたことはよく知られています。「あんな主人と離婚せずにいる奥さんの方がこわい」と陰でささやかれるほど仕えておられました。「あの先生に付いていくぐらいだから……」,と一般人とはちがうと,ご本人も耳にしたうわさを微笑みながら話してくださったことがなつかしいです。

 お二人が長年連れ添った自宅で看取られたことが私にとっては何よりも偉大なことと思えます。ヘルパーや病院に依存せずに,先生がそう願われたことはとてもうれしかったです。 私は東北ボランティアの影響で,卒業後,介護の仕事をしています。約50人の利用者と生活をさせてもらっています。私の施設 は介護老人保健施設で医療的なケアは看護師が行っています。利用者の中には「胃ろう」といって口から食事が出来なくなった (一時的な場合も含む)方のお腹に穴をあけて栄養を摂取する延 命処置をしたりします。正直申し上げて,人の死ぬということがわかりません。単純に食べれなくなったので徐々に弱っていって 亡くなる選択肢もあります。徐々に弱っていくのは体力がいります。苦しいことから逃げようと,また寿命以上に生きるためにあがく手段として,「胃ろう」をして延命してもらう選択肢もあり ます。しかし、胃ろうをしてまでして,楽に生きられるのでしょ うか。そんな操作までして「生きる」ことに価値があるのかどう か,僕にはわかりません。
 奥さんは10月17日にご主人に看取られました。末期がんのため 肉体的にはとても激痛を耐えなければならなかったとでしょうけれど,精神的には平安な気持ちでおられたことが死に顔からわかります。

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2016年10月17日(月)午前9時47分 息を引き取る 孝太が来て間もなくだった。メークは悦ちゃんがした。Kayoko Iwamura

 私は施設で亡くなられる方々に接して,最後の時にやはり家族が身近にいるべきと痛感しています。残念なことに,今の日本の経済と福祉は不十分なため,在宅で看取ることは老々介護の問題など, 現実的に難しいことは確かです。だからといって医療にすべてを丸投げして,他人の前で死ぬようなシステムは薄気味悪い,非情さを感じます。
 奥さんからいつもいろんなモノをいただきました。食事,誕生日プレゼントなど目に見えるものではなく,いろんな精神的な強さ,困った人へのやさしさ,積極的な生き方を身をもって教えていただきました。
 私たちだけではありません。初対面で接する人たちも「この人のためなら,……」,と感じさせる不思議なオーラがありました。 
 壮絶な死に方を通して,生きるいのちの大切さを教えていただきました。夫や,他人であった私たちに徹底的に尽くされ,本当にお疲れさまでした。この恩は一生忘れません。

2010年以降 神戸国際キリスト教会のメッセージの内容を  いつも口ずさむ Kayoko Iwamura

ボランティア道のお手本

                                 村上裕隆
 岩村カヨ子夫人と初めてお会いしたのは2011年3月20日のことです。当時ぼくはひきこもりでありましたが,岩村義雄理事長に,第1回目の東日本大震災ボランティアに誘っていただき,それから夫人には実の息子のように可愛がっていただきました。

 ボランティアによちよち 歩きを始めたときから,夫人にいつも「あなたのような人はいない」 と励ましていただいたことで,これまでボランティアを続けられたと思っています。おいしい手料理はどこのレストラン顔負けでした。防腐剤,添加物,人工のものではなく,わが家と同じ自然食であることも 安心していただき,おふくろの味として忘れることができません。

 丹波水害が2014年8月に発生しました。神戸国際支縁機構は現地で最初の炊き出しを依頼されます。夫人は150食以上の豚汁,筑前煮 の具材を購入するため,素早く行動しました。その日,神戸市東遊園 地の炊き出しの楠元留美子班長ですら,どれだけの分量を購入すべき か躊躇してしまう量の計算です。大根,にんじん,豚肉など瞬時に必 要量を暗算ではじき出し,2時間ほどで購入してしまいます。「計算機より早い」と身近な人々も脱帽していました。

 教会で,暗証聖句もだれより も早く覚えて正確に唱えられ,私たちはあせったことについて懐かしく思い出します。 祈りの人でもありました。夫の健康,事故がないように,たゆまず 祈っておられる姿がすぐに目に浮かびます。学生たちや僕に頭を下げ て,「主人をよろしくお願いします」が口癖でした。
 テレビドラマ以 上にこれほど愛し合う夫婦はいないのではといつも思わせられます。 
 翌年,丹波市島で記念のイベントの際,みんなで楽しみました。 

丹波水害1周年 記念イベント 市島ひなたぼっこ 2015年9月31日

丹波水害1周年 記念イベント 市島ひなたぼっこ 2015年9月13日 Kayoko Iwamura

 夫人は今年の6月3日以降,ご自宅で末期がんの痛みに苦しんでおら れました。買い物に行く時,ぼくに留守番を頼まれます。「痛いよ-」と夫に叫んでおられますが,どうすることもできず,おろおろしました。飛んで帰ってきた理事長は「寂しい思いをさせてごめんね」「寂しかったわ」という会話がなされます。 
 そんな痛みで苦しんでおられる時でさえ,周囲の者に気にかけてくださり,ぼくが今年9月14日JR元町駅前で声を上げて街頭募金をしたこと,10月1日に賀川記念館の「ボランテイア・福祉・宗教」で対話 集会のワークショップで発表したことについて涙を流して喜んでくださいました。人生の中でぼくのために涙を流して喜んでくれる人がこれから どれだけいるでしょうか。
 同じ団地で,近くに住んでいながら,息を引き取るときに会えなかったことは悔やまれます。まるで「裕君」と起き上がって語りかけるような安らかな死に顔でした。今も共に生きておられ,微笑んで見守 っておられることが伝わります。ボランティアに目を開かせてくださった「母」に恥じぬように,苦悩する人々に仕えていきます。

お目にかかれて
                                    谷口浩平 

 この度は,最愛の奥様のご逝去,まことにお悔やみ申し上げます。 長い間ご一緒に支え合っていらっしゃったことを思うと,どのような 慰めの言葉も軽く思えてしまいます。 私が奥様とお会いしたのは,今までで2回しかありません。しかし,その2回のうちで,なんと立派な方だろうかと心から感じました。初めてお会いした時,闘病中だとは思えない程に凛としておられ, 私自身ですら気付かない私の長所を見抜いて褒めて下さったばかりか,他の初対面の方ともすぐに打ちとけて仲良く会話されていました。
この様子を見て,この方は人の長所を見ることができる広い心と,相手の心に寄り添うことができる人柄の良さを持っていらっしゃるのだなと, 感銘を受けたことを覚えております。

第3次ネパールボランティア出発1週間前 2016年9月9日

第3次ネパールボランティア出発1週間前 2016年9月9日 左端 筆者 Kayoko Iwamura

 また,2回目にお会いしたのは,私が支縁機構からネパールへボランティアで訪問する少し前ですが,その時もご自身のお体も大変なはずなのに私達のネパール・ボランティアも激励して下さいました。
 本当に,自己犠牲の精神で周囲の方々を親身に思う姿に尊敬いたします。それゆえに,この度の悲報は私にとって大変残念なものであり ます。どうか岩村先生は,ご無理なさらず,お体を大切になさって下さい。 奥様のご冥福をお祈りいたします。  

 

 

牧師の拙論 (6) Thesis (Argument) of Pastor Yoshio Iwamura 目次 Contents

牧師の拙論 

※「目薬」誌,神戸新聞「聖書のことばシリーズ」,神戸国際キリスト教会説教,神戸国際支縁機構講演を除く。青字をクリックしてください。

⇒ こころやすらぐ「聖書」のことば|岩村 義雄|三宮KCC – 神戸新聞文化センター

牧師の拙論 (6) 目次

それぞれの青字をクリックしてください。
神戸国際キリスト教会の牧師はかつてキリスト教会や他宗教を非難,回心強要,迫害していた罪人の頭です。したがって,拙論などは決して弁明,売名行為,過去の歩みを誇るのではありません。

38.キリスト教と防災(英文付)2019年12月17日 関西学院大学 
  Christianity and Disaster prevention  
37.「キリスト教と災害災害と聖書の神―貧しい人・被災者は幸いである(英文付) 2019年6月9日
        “Christianity and Disaster Disaster and the God of the Bible-The poor and the victims are blessed Sunday worship sermon
              『クリスチャントゥデイ』(2019年6月25日付)   
36. 危機の時代から刷新の時代へ―その二 見捨てられた松末(英文付) 2019年3月31日
   From the Era of Crisis to the Era of Regeneration. No.2 – Abandoned Masue –
35.危機の時代から刷新の時代へ ―その一 第1次インドネシア・ボランティア報告―(英文付) 2018年10月10日
    From the era of crisis to the era of renewal ―Vol.ⅠThe 1st Indonesia Volunteer Report―
34. 「技術至上主義は自然災害をもたらす―第1次北海道地震ボランティア報告―」(英文付) 2018年9月6日
   Technology supremacy brings about natural disasters- the 1st Hokkaido Earthquake Volunteer –

 「牧師の拙論」(1) ~(6)                                                
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             ⇒ 「(4)目次
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             ⇒ 「(1)目次

 

牧師の拙論 (5) 目次

牧師の拙論 (5) Thesis (Argument) of Pastor Yoshio Iwamura

それぞれの青字をクリックしてください。
神戸国際キリスト教会の牧師はかつてキリスト教会や他宗教を非難,回心強要,迫害していた罪人の頭です。したがって,拙論などは決して弁明,売名行為,過去の歩みを誇るのではありません。これまでの生き様を否定する角度から発信しています。

33.人類史 最大の人道上悲劇―第2次次シリア・ボランティア報告(英文付)
 2018年2月17日
    Humanity’s greatest Humanitarian Tragedy―The 2nd Syria Volunteer Report―
32.北朝鮮のリアリティー ―良心が疼く―(英文付) 2017年10月17日
   英文 Reality in North Korea – Aching of conscience –
31.南京大虐殺は史実か(英文付) 2017年9月7日~12日 南京鍾山賓館
   Is the Nanjing massacre a historical fact?
30.「石の叫びに敏感であろう(英文付) 2017年6月22日 2017年度キリスト教教育特別集会 宮城学院女子大学・大学院 Sensitive to the Cry of the Stone
29.「キリスト教の弔い―現代問われている死生観」(英文付) 2016年11月12日 日本「祈りと救いとこころ」 学会 ホテルメトロポリタン
   Mourning way of Christian – Asked recent view of life and death” 未校正

 「牧師の拙論」(1) ~(6)  
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             ⇒ 「(3)目次
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             ⇒ 「(1)目次

 

憲法9条について発題

9条にノーベル平和賞を, 9条を世界文化遺産 World Cultural Heritage “Please award the Nobel Peace Prize to Article 9 of the Japanese Constitution.”         Headquarters of Executive Board of Kobe “Nobel Peace Prize for Article 9” Founder  Rev.Yoshio Iwamura

9条を70年近く守っている日本人がノーベル平和賞を授与されますように。

 憲法9条こそ人類の最先端の叡知。「戦争違法化」は河の流れのように向かっている。国防は改憲案に書かれている「自然権」ではない。「この権利は国家以前に存し,国家によって人為的に与えられるものではないから,国家はこれを侵害しえない」(『広辞苑』自然権)。  浅川 巧 [たくみ 1891-1931]のような同胞がいたことで救われる。戦後,65年を経て,差別,偏見,人種優越主義が再びもたげてきている。戦争を知らない議員たちは憲法9条を捨て,再武装して軍隊でアジアの人々を蹂躙をしてはならない。「良心者」(良心的兵役拒否者 Conscientious objector )として看過することはできない。 米国は本性を現した。「憲法9条は障害」。(産経新聞 2012年4月25日付)。戦後,GHQの憲法草案の基底には,日本人鈴木安蔵[1904-1983]の「憲法草案」があった。1946年以降,「現憲法はGHQによる押し付けだ」と騙されてきた。

Abe Shinzo intends to abolish the current Constitution 9 to change Japan into a war country.

To: The Norwegian Nobel Committee : Dear Mr.Thorbjorn Jagland Chair of the Nobel Committee

   The Japanese Constitution is a pacifist constitution that stipulates renunciation of war in its preamble and notably Article 9. Article 9 in particular has been playing an important role since the end of WWII in preventing the Japanese government from waging war. Article 9 has become the hope of those who aspire for peace in Japan and the world. However, the Japanese Constitution is currently under the threat of being revised.

 To spread a peace constitution in all the countries of the world, we request that the Nobel Peace Prize be given to the Japanese citizens who have continued maintaining this pacifist constitution, Article 9 in particular, up until present.

2019年2月21日 オスロノーベル平和賞委員会提出について記者会見

『朝日新聞』(2019年2月22日付)。
(『朝日新聞』 2018年10月6日付)。
「みんなで考える9条・明舞の会ニューズ」(No.2 2007年3月)
「みんなで考える9条・明舞の会ニューズ」(No.2 2007年3月)

9条明舞の会ニュース(2015年11月8日付)

「垂水革新懇」(2015年10月号)
「垂水革新懇」(2015年10月号)

  ⇒ 憲法9条をノーベル平和賞に推す神戸の会

『九条の会,ひがしなだニュース』(2018年1月23日)。
『九条の会,ひがしなだニュース』No.71 (2015年12月)。

 

  Q: ノーベル賞受賞を目指す目的は何か   A: 人類の叡知である平和憲法を守ることはわたしたちの義務である。「再び戦争をしない」という約束を世代から世代へとつなぎたい。「強い日本」より,他国に愛され信頼される日本こそ私たちのしあわせの基礎である。

 Q: 日本国憲法の製作者は当時のGHQである故に,アメリカ合衆国が受賞する対象にならないか  A: 日本国憲法の製作者はアメリカ合衆国というのはまちがった先入主である。なぜなら植木枝盛[えもり 1857-1892]が1881[明治41]年に私議憲法9条をつくったことを忘れているからだ。植木は,「明治政府は専制政府であり,明治維新は家を建てようとして牢屋を建てたようなものである」 と福沢諭吉[1834-1901],伊藤博文[1841-1909]たちの富国強兵政策批判した。私擬憲法を読んで刺激を受けた鈴木[1904-1983]たちが1945[昭和20]年10月29日,高野岩三郎の発題により,憲法史研究者たちが第一案から第三案(最終案)を。同年,12月26日,「憲法草案要綱」を内閣に提出。GHQはこれらの要項に関心を示し,翻訳に携わったことを忘れてはいけない。

 Q: 軍事力をもたない国は,他国の脅威に対して国を守ることができないのではないか  A:軍事力では国を守るより,核戦争の脅威にさらすことをわきまえなければならない。自国の人のいのちを守るのは軍備ではなく,平和と生命の大切を優先する外交,政策,考えである。

 Q: 資源の争奪戦,領土問題,国境紛争が絶え間ない時代に,非武装は理想論にすぎず,現実離れしてはいないか  A: 外国の軍隊侵略により領土を獲得することが戦争という時代は過去のものである。侵略者が支配したいのは,資源,領土などの物理的なものではない。むしろ民衆の支持が得られなければ有効的な支配にはならない。たとえばコスタリカという軍隊をもたない無防備の国に攻め入っても,コスタリカ人の賛同がなければ無意味であろう。 愚かにも,日本は世界の五番目の軍備をもつ軍事大国である。

 Q:  国民は改憲を望んでいるにもかかわらず,なぜ護憲か  A: 憲法改正を望んでいる人は過半数であっても,人類の叡知である憲法9条の改正までは望んでない。

 Q: EU(欧州連合)がノーベル平和賞を受賞したことから何を学ぶか  A: ドイツは戦時下の加害者として侵略,弾圧,差別を行なったことを徹底して反省。日本と異なり,被害ではなく加害者として心に刻み込む教育を徹底している。一番目立つ地に戦争犯罪の<参照>加害者博物館に多大な財をもって建設。ドイツは戦後20年ほどは「自分たちに責任がない」と主張していた時期もあった。しかし,加害者としての自覚が国を変えた。かつてあれほどまでに犬猿の仲であったフランス人はドイツを信頼できる国として受け入れるようになった。EUから学ぶことは多い。

 Q: 受賞の対象を日本国民としておられますが,一国民として,受賞の意思がないにもかかわらず,憲法9条をノーベル平和賞に推す神戸の会の申請について同意できません。 A: 一国民として平和賞を受賞したくないというな自由な発言は,許されますが,公的な地位にあるなら許されません。いわば憲法は国民に縛りをかける目的ではなく,政治家,官僚,裁判官,自治体の知事,公務員の方々,つまり,国の側や自治体の側で仕事をする人々に縛りをかける法です。 憲法99条には,「天皇又は摂政及び国務大臣,国会議員,裁判官その他の公務員は,この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』と謳われています。ノーベル平和賞を国民に授与される運動は,為政者に縛りをかけた国民の総意に対して与えられるものです。受賞に反対するのは憲法制定時ならばともかく時代錯誤の発想です。

Q: ノーベル賞受賞がなされた場合メダルと賞金が授与されるが,それらの扱いをどうするか。 A: 日本国民に与えられる賞なので,受賞の代表である内閣総理大臣に委ねたらどうだろうか。

 Headquarters of Executive Board of Kobe  “Nobel Peace Prize for Article 9” 

章

学校の現場に,「憲法9条」がなぜ大切か,出前授業をしますので,ご希望の教師はエラスムス平和研究所にお問い合わせください。携帯 070-5045-7127。

THE CONSTITUTION OF JAPAN

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/pdf/22_appendix3.pdf

  Office : 1-101 Kariguchi-dai 5-chome,Tarumi, Kobe, Japan 655-0049 c/o Erasmus’ pacifism institutes Headquarters of Executive Board of Kobe“Nobel Peace Prize for Article 9“ General Secretary, Rev.Yoshio Iwamura Tel : (81)(078) 782-9697 Fax: (81)(078) 784-2939 E-mail: QYH05423@nifty.com

「憲法9条をノーベル平和賞に推す神戸の会」

『人権かながわ 2014年』 第22号 2015年1月25日
人権かながわ 2014年』 第22号 2015年1月25日 16頁
良心者として 『神奈川実行委員会ニュース』(2014年8月19日)赤線
20140125クリ新聞ノーベル賞
「クリスチャン新聞」(2014年1月26日付)

 発足にあたり,2013年11月19日,神奈川県の「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会(石垣義昭代表)からの署名依頼がありました。2013年12月15日以降,日本ではじめてオスロの委員会への有資格者の推薦人が神戸で集まるように会合を開きました。同時に,「憲法9条をノーベル平和賞に推す神戸の会」に集まったすべての署名は実行委員会に提出しています。 神奈川県の「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会出版物

ニュース④ 2014年5月16日発行

ニュース⑥ 2014年8月17日発行

 「推す会」は, 「九条の会」や「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会などとも緊密な協力関係を維持しています。

2015年10月9日記者会見

20151008憲法九条前日

1. Wataru Mizugaki

Board Chairperson, Headquarters of Executive Board of Kobe “Nobel Peace Prize for Article 9”, Emeritus Professor, Kyoto University, Philosophy

2. Yoshio Iwamura General Secretary, Headquarters of Executive Board of Kobe “Nobel Peace Prize for Article 9”,  Director, Erasmus Institute of Peace Studies
3. Sasagu Arai Member, Japan academe, Theology
4. Shozo Arai Former president, Kobe Shoin Women’s University, Theology
5. Masaji Ie Emeritus professor, Kobe City University of Foreign Studies, Law
6. Masaaki Aniya Emeritus professor, Okinawa International University, History
7. Msaki Ohta Emeritus professor, Baika University, Literature
8. Keiji Kasai Professor, Chubu Gakuin University, Theology
9. Hiroya Katsumura Former president, Osaka Christian College,  Theology
10. Tomoe Sawa Singer
11. Hiroshi Shigeru Emeritus professor, Kobe College, Theology
12. Seiya Shirakata Honorary director, Yodogawa Christian Hospital, Medicine
13. Mitsugu Shinmen Professor, Miyagi-gakuin Women’s University, Theology
14. Masahisa Seguchi Professor, Nagoya Institute of Technology, Philosophy
15. Nobuyoshi Takashima Emeritus professor, Ryukyu University, Geography
16. Manabu Tsuji Professor, Hiroshima University, Theology
17. Akio Tsukimoto Professor, Saint Paul’s University, Theology
18. Kenji Doi Professor, Kwansei Gakuin University, Theology
19. Koichi Namiki Emeritus professorr, International Christian University, Theology
20. Renta Nishihara Vicepresident, Saint Paul’s University, Theology
21. EikoHanaoka Emeritus professor, Osaka Prefecture University, Philosophy
22. Susumi Higuchi President, Shukugawa Gakuin, Theology
23. Eiji Hisamatsu Professor, Ryukoku University, Theology
24. Moriaki Hirohara Former President, Kyoto Prefectural University, Technology
25. Tetsuro Honda Former Province, Franciscan of Japan, Theology
26. Koichi Miyagi Director, Mt.Olive Hospital,  Medicine
27. Ken Miyamoto Professor, Kobe Shoin Women’s University, Theology
28. Sadamichi Ashina Professor, Kyoto University, Theology
29. Yotaro Miyamoto Professor, Kansai University, Religion
30. Michiya Murata Professor, Hannan University, Sociology
31. Hidetoshi Ohno Professor, Tokyo University, Sociology
32. Hiroshi Marui Professor, Tokyo University, Philosophy
33. Masahiro Shimoda Professor, Tokyo University, Philosophy and Buddhism
34. Albert Charles Muller Professor, Tokyo University, Religion
35. Zensho Yoshida Professor, Tokyo University, Physics
36. Sumio Matsunaga Emeritus professor, Tokyo University, Philosophy
37. Takeshi Tamura Emeritus professor, Tokyo University, Literature
38. Jun Kanda Emeritus professor, Tokyo University, Architecture
39. Shogo Kishida Emeritus professor, Tokyo University, Architecture
40. Chizuko Ueno Emeritus professor, Tokyo University, Sociology
41. Kamon Nitagai Emeritus professor, Tokyo University, Sociology
42. Manabu Ajisaka Professor, Doshisha University, Sociology
43. K iyoshi Adachi Professor, Kyushu University, Sociology
44. Wasa Fujii Professor, Okayama University, Sociology
45. Akio Moritan Professor, Tokyo Keizai University, Sociology
46. Sung Woncheol Professor, Chukyo University, Sociology
47. Reiko Seki Professor, Rikkyo University, Sociology
48. Nobuhiko Iwasaki Emeritus professor, Kobe University, Sociology
49. Susumu Inuzuka Emeritus professor, Chiba University, Sociology
50. Sumiko Yazawa Former Professor, Tokyo Woman’s Christian University, Sociology
51. Kazuko Yokoyama Professor, Toyo Gakuen University, Economics
52. Midori Igeta Professor, Tsukuba Gakuin University, Sociology
53. Toshiaki Furuki Emeritus professor, Chuo University, Sociology
54. Tatsuto Asakawa Professor, Meiji Gakuin University, Sociology
55. Mamiko Okada Professor, University of Hyogo, Religion
56. Yoko Shoji Emeritus professor, Rikkyo University, Sociology
57. Kamada Tetsuhiro Professor, Asahikawa University, Sociology
58. Kamada, Toshiko Professor, Asahikawa University, Sociology
59. Masami Miyazaki Professor, Sendai Shirayuri Women’s College, Theology
60. Toshimasa Yamamoto Professor, Kwansei Gakuin University, Theology
61. Naoya Kawakami Pastor
62. Yasuhiro Hakamada Professor, Kobe Reformed Theological Seminary, Theology
63. Hiroyuki Kamiwaki Professor, Kobe Gakuin University, Law
64. Ronni Alexander Professor, Kobe University, Psychology
65. Tatsuru Uchida Emeritus professor, Kobe College, French literature
66. Hisakazu Inagaki Director, Kyoritsu Christian Institute, Philosophy
67. Mime Morita Former, Osaka Christian College, Philosophy
68. Takashi Yoshida President, Kobe Reformed Theological Seminary, Theology
69. Hajime Morikawa Emeritus professor, Kwansei Gakuin University, Literature
70 Akira Keneko Professor, Tenri University, Philosophy
71. Yasuko Morooka Guest lecturer,Osaka University of Economics and Law, Law
72. Rokuro Morita University of International Business and Economics
73. Yoshifumi Tawara Guest lecturer,Rissho University, History
74. Kiyoshi Takada Emeritus professor, University of Teacher Education Fukuoka, Education
75. Haruhide Tsumura President, Osaka Yuhigaoka College, Theology
76. Yoichi Komori Professor, Tokyo University, Literature
77. Kenzo Hamano Professor, Kwansei Gakuin University, Philosophy
79. Tetsu Kitamura Guest lecturer,Doshisha University, Theology
80. Akihiro Kobayashi Associate Professor, Rakuno Gakuen University, Theology
81. Haruko Okano Former president, Seisen University, History
82 Yuka Anzako Associate professor, Ritsumeikan Universityl, History
83. Yosuke Watanabe Independent Scholar, National University of Singapore, History
84. Mitsuyoshi Himeta Emeritus professor, Chuo University, History
85. Kazuharu Saito Guest lecturer,Meiji University, History
86. Sumio Obinata Professor, Waseda Universityl, Literature
87. Ayako Okano Guest lecturer, Kansai University, Theology
88. Keiichi Nakano Professor, Kobe College, Theology
89. Takeshi Nakatani Emeritus professor, Kobe University, Economics
90. Junnosuke Yasukawa Emeritus professor, Nagoya University, History
91. Michio Sano Professor, Hosen College of Childhood Education, History
92. Atsuyoshi Suekane Professor, Kansai Gaidai University, Economics
93. Nobuo Mizuno Emeritus professor, Hyogo University of Teacher Education, Music History
94. Masaru Otsuru Professor, Mukogawa Women’s University, Food Science
95. Kazunobu Tateishi Guest lecturer, University of Hyogo, Psychology
96. Keiji Kanda Emeritus professor, Kyoto University, Engineering
97. Katsuro Tamada Emeritus professor, Kansai University, Education
98. Masayuki Akutsu Guest lecturer, Tokyo University, Islam History
99. Katsuhisa Hiromori Emeritus professor, Kobe University, Education
100. Yoichiro Takahashi Emeritus professor, Hannan University, Literature
101. Yoshimi Morishima Professor, Hiroshima Shudo University, Literature
102. Tokuo Yoshida Professor, Kansai University, Law
103. Kasei Dan Professor, Hannan University, Law
104. Eiji Sone Former Professor, Hannan University, Journalism
105. Kunihiko Matsumoto Professor, Yamagata University, Political Science
106. Sumito Haruna Emeritus professor, Kwansei Gakuin University, Philosophy
107. Kichisaburo Yasuda Former professor, Kobe Reformed Theological Seminary, Theology
108. Shigeo Nishimura Emeritus professor, Osaka University, History
109. Timothy Boyle Professor, Kwansei Gakuin University, Theology
110. Shigeru Yasuda Emeritus professor, Kobe University, Agriculture
111. Masami Endo President, Kobe International University, Political Science
112. Ichiro Yamauchi Former President, Kwansei Gakuin University, Theology
113. Wataru Fukaya Professor, Doshisha University, Law
114. Yoshihiko Miyachi Former President, Shinshu University, Physics
115. Takayo Kano President, Kwassui Women’s University, Comparative Culture
116. Takayuki Nakahara Professor, Hannan University, Socio-economics
117. Kenji Nakajima Emeritus Professor, Koshien University, Chemistry
118. Toshio Suzuki Guest lecturer, Tokyo Metropolitan University, History
119. Kiyoshi Fujinami Associate professor, Okinawa International University, Culture
120. Tokushi Kasahara Emeritus professor, Tsuru University, History
121. Sven Saale Associate professor, Sophia University, History
122. Hiroko Minesaki Associate professor, Aichi University of Education, Education
122. Hiroko Minesaki Associate professor, Aichi University of Education, Education
123. Yoshinori Cho Professor, Teikyo University, Medicine
124. Mari Ikeda Professor, Tokyo Women’s Medical University, Medicine
125. Satoshi Kato President, Hospital Oyama Fujimidai
126. Hiroshi Hasebe Cho Professor, Tohoku University, Economics
127. Seiichi Sugiyama Associate professor, Kobe City University of Foreign Studies
128. Hyosuke Tsuboi Associate professor, Hanan University, Journalism
129. Yashuhiro Ishikawa Professor, Kobe College, Literature
130. Tomohiro Omiya Professor, Kwansei Gakuin University, Theology
131. Gen Kitaueda Guest lecturer,Ryukyu University, Education
132. Youichi Yamaguchi President, Tokyo Christian University, Theology
133. Atsuko Tsuruta Former Professor, University of the Sacred Heart, Tokyo, Education
134. Katsutoshi Namimoto Emeritus professor, Taisho University, Education
135. Tsunenori Yasui Emeritus Professor, Hannan University, Economics

⇒ 良心者 コンチ が叫ぶ

20150315推す会会見
クリスチャン新聞(2015年3月15日付)

 「毎日新聞」(2015年10月17日付 井上拓也撮影)

「毎日新聞」(2015年10月17日付 井上拓也撮影)

 日本人は「否定の論理」について認識しないと 憲法9条を改正し,再び,宣戦布告なしに戦争開 始をする民族性がある。今,みんなで話し合い, 先輩達が作り上げた世界の宝,人類の希望を手 放すような愚かな繰りかえしを許すまじ。 歴史学者 家永三郎氏[1913-2002]の著書 『日本思想史における否定の論理の発達』(家永 三郎 新泉社 1969年)を読み返そう。

             2013年12月21日 「憲法9条をノーベル平和賞に推す神戸の会」 世話人代表          岩村義雄

 

『毎日新聞』( 2015年4月8日付)。

 

牧師の拙論 (4) 目次

牧師の拙論 (4) Thesis (Argument) of Pastor Yoshio Iwamura

28.「岩村カヨ子 逝く」 2016年10月17日 神戸国際キリスト教会
27.「『ボランテイア・福祉・宗教』で対話集会」 2016年10月1日 キリスト新聞社 賀川記念館
26.「キリスト教とボランティア道」(英文付) 2016年5月1日 第26回宗教者災害支援連絡会(宗援連)東京大学本郷キャンパス Christianity and Volunteer-Do” 
25.「イスラーム教はテロではない―英国イスラーム教世界大会報告―(英文付) 2015年8月21日~23日 ロンドン Islamism is not Terrorism – the Report of the Islamist World Assembly in Britain –
24.「キリスト教と非戦 (英文付)  2015年4月18日 OCCカレッジ講義
英文 “Christianity and Pacifism”
23.「福音とは何か(英文付) 2014年9月21日 神戸国際キリスト教会 礼拝説教⇒ 垂水朝祷会What is the Gospel?
22.「フクシマ原発への共苦」 2014年9月8日 大阪朝祷会

※「牧師の拙論」(1) ~(6) ⇒ 
(6)目次」 ⇒ 
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(2)目次」 ⇒ 
(1)目次

 

“Christianity and Pacifism”

牧師の拙論 (3) 目次

牧師の拙論 (3) Thesis (Argument) of Pastor Yoshio Iwamura

21.「士師記 & ルツ記」 『マナ』誌2013年10月号 いのちのことば社
20.「田・山・湾の復活」(英文付)宗教倫理学会 Religious Ethical Society 2013年8月27日  関西大学飛鳥文化研究所・セミナーハウス 
Resurrection of Rice Field, Mountain, and Bay”
19.「大日本主義に抗い,教科書を守る」 2013年8月15日 「子どもと教科書全国ネット21」 
18.「『祈り』主似化」 2013年4月20日~2015年8月15日 垂水朝祷会
17.「船越小学校とともに」 2013年3月11日 『希望の灯』 船越小学校元教員一同
16.「障がいをお持ちの方との縁」 2012年10月8日,9日 兵庫キリスト教障害者共励会 ‘しあわせの村’
15.「日本の宗教風土とキリスト教」2012年7月17日 KBH

※「牧師の拙論」(1) ~(6) ⇒ 
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(1)目次

牧師の拙論 (2) 目次

牧師の拙論 (2) Thesis (Argument) of Pastor Yoshio Iwamura

14.「日本戦争加害博物館を神戸に」(英文付) 2012年3月 みんなで考える9条・明舞の会  Intention of Setup of the War Archive Museum in Kobe
13.「東北の『田・山・湾の復活』」 2012年3月12日 神戸松蔭女子学院大学
12.「なぜ,今,みんなで死を考える」 2011年4月12日   みんなで「死」を考える会 神戸新聞会館
11.「アフガニスタンの人々と共に生きる」 2009年11月17日 KBH
10.「死刑は聖書的か」(英文付) 2009年5月24日 地球市民の会  神戸市立外国語大学Christianity and Death Penalty
9.「神戸事件とは? 日本でもあった戒厳令 1948年4月24日」 2009年4月24日 「みんなで考える“ヒューマン・ライツ”」実行委員会
8. 書評 『平和への祈り』 「本のひろば」(2008年12月号),『天国―帰るべきわが家』
7.「隣国に謝罪と補償をするのが和解の鍵」 2008年9月6日 日本軍「慰安婦」問題をみんなで考える集会 松ヶ丘ビル大会議室

※「牧師の拙論」(1) ~(6) ⇒ 
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(1)目次

牧師の拙論 (1) 目次

牧師の拙論 (1) Thesis (Argument) of Pastor Yoshio Iwamura

6.「Blessed are they that have not seen, and yet have believed. 2007年11月6日 CGNテレビ
5.「賀川豊彦献身100年記念神戸プロジェクト」 2007年4月28日
4.「憲法9条についての発題」 2006年2月25日 みんなで考える9条・明舞の会
 3.「クリスマスをなぜ祝うのか」 2005年12月1日号 『きぼう』誌
2.「拉致問題の解決にはどうするか」 2005年5月1日 横田早紀江さんを励ます集い 日本基督教団神戸栄光教会
1.「戦時下のキリスト教」(英文付) 2001年  『神戸と聖書』編集委員会 神戸新聞総合出版センター2001年 209-212頁 Christianity under the War time

「牧師の拙論」(1) ~(6)
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(2)目次

 

石の叫びに敏感であろう“Be sensitive to the cry of stone”(英文付) 

「石の叫びに敏感であろう」“Be Sensitive to the Cry of the Stone”  Miyagigakuin Women’s University  June 14th, 2017

 宮城学院女子大学・大学院 2017年度キリスト教教育特別集会
 2017年6月14日(水) 午後1時~2時半
 講 師 : 岩村義雄 神戸国際キリスト教会牧師

完全原稿 ⇒ 石の叫びに敏感であろ出典各頁b
      「石の叫びに敏感であろう」出典最後

英文完全原稿 Complete manuscript of English ⇒ Be sensitive to the cry of stone

プロジェクター 一覧 PowerPoint 資料

宮城学院女子大学 2017年6月14日 Pastor Yoshio Iwamura

宮城学院女子大学聴衆 780名 Pastor Yoshio Iwamura

主題聖句: 『ルカ 19章40節』イエスはお答えになった。「言っておくが,もしこの人たちが黙れば,石が叫びだす。」

目次 (1) 無関心 out-of-touch   stand apart

a. 無関心という「石」の心

  • 有神論世界観                 3
  • 人間の脳が創り出した妄想           4
  • ゲーデルの不完全性定理            4
  • 無神論                    4
  • 愛が冷えた時代4
  • 尼崎連続殺人事件 4
  • 無関心型か束縛型か 5

c. キリスト教会の愛は深いか

  • 寄附文化5
  • 熊本・大分地震6

  (2) 疑う者は救われる

a. 二者択一への疑いから聖書観は始まる7

  • 警報を聞いても逃げない7
  • 2016年11月20日の警報7
  • 二元論8
  • 悪魔8
  • 二項式から三項へ9
  • 防潮堤10

b. 信じる者は救われない

  • 二心10
  • 指導者に服従10

c. 二者択一から第三の選択へ 筆者の聖書観

  • 正反合の弁証法11
  • 神と富のどちらに仕えるのか12
  • オレオレ詐欺13

(3) 石の叫びに対して,「しゃべくりより実践」

a. 石の叫び13

  • 信仰義認13
  • 藁の書簡13
  • モーセの謙遜14
  • 神の選び14
  • バヌアツ14
  • 貧困15
  • イタリア中部アマトリーチェ15
  • ラクイラ地震への安全宣言 有罪実刑16
  • フクシマ原発の安全神話16
  • 山下俊一16
  • 第1次ベトナム・水害ボランティア16
  • 神の選びは石の叫びに敏感な者17
  • イエスは「柔和」か17
  • 新約と旧約17
  • イエスの復元図17
  • 本田哲郎17
  • 炊き出し18
  • マザー・テレサ18
  • 路上生活者の三重苦18
  • カン拾い18

c. 石の叫びに敏感な生き様

  • 共苦19
  • 宗教と暴力19
  • ディーセンシィー19
  • ナガサキの原子爆弾20
  • 共生,共苦,苦縁20

<序>
「石」とはどんなものですか。みなさん親御さんやどなたからかちゃんと説明を聞かれたので「石」についておわかりですか。砂,岩,土と同じでしょうか。お友だちや,家族のだれかから「石」と言われて,なんとなく石というものについて,人にも伝えることがおできになっています。しかし,“「石」とはなんぞや”と改まって聞かれると,「砂利」「棒きれ」「身体にできる結石」「岩」との違いを即座に説明してみろと言われてもなかなかできませんでしょう。
子どもの時からきれいな石,変わった模様の石,珍しい色の石があるとすぐにポケットに入れました。ですから母親からよく叱られました。なぜならポケットに穴があきます。ポケットにしまいこんだはずのものをすぐにどこかで落としてしまうからです。結婚しても,そのくせはなくならず,おそろいのスーツのポケットもすぐに穴が開いてしまい,家内が繕わねばならず苦労をかけました。見知らぬ土地に行っても,道にころがっている石に目が向きます。東北ボランティアに来て驚いたことがあります。関西と東北ではお墓がまったく違うからです。最初,渡波(わたのは)が車も通れないほどの被害を受けていたところにさしかかりましたとき,佐藤金一郎さん(75歳)という地元の方に,2011年3月21日,高台に案内していただきました。洞源院というところでした。墓石の色が真っ黒なんです。玄武岩だからです。近畿地方,中国地方は御影石が多く,地面も白っぽいのです1)

石巻市南浜町 2017年6月19日

2011年,東日本大震災により未曾有のおびただしい犠牲がもたらされました。神戸国際支縁機構は阪神間から学生たちも含めて宮城県石巻市渡波を毎月のように訪問しています。今度の日曜日(2017年6月18日),第75次東北ボランティアも神戸から向かいます。先月は田植えをしました2)

画像 田植え

『牡鹿新聞』(2017年5月26日付)

『石巻日日新聞』(2017年6月2日付)

6回目田植え 2017年5月23日 Pastor Yoshio Iwamura

震災直後は,津波で流されてきた石,自動車,家,船などのがれきを田んぼから取り除く作業から始めさせていただきました。まったく農業を経験したことのない若者たちは神戸で,「Let’s 農林漁」という講座で日本有機農業学会会長の保田 茂先生から無農薬,有機のおいしい米づくりなどを学び出すようになりました。神戸市西区でも若者たちが土と格闘しながら,新鮮な野菜も栽培しています。
3日前,筆者はいつものように格安の飛行機で,イタリアの地震被災地から帰って来ました。

宿泊は寝袋で空港のフロア Pastor Yoshio Iwamura

今日は,「石の叫び」に耳を傾けるという主題ですが,石は叫ぶのでしょうか。ご一緒に考えてみたいと思います。
完全原稿です。文章にする際は,「私」はすべて「筆者」に変えています。

(1) 無関心 out-of-touch   stand apart
 a. 無関心という「石」の心
「わたしは彼らに一つの心を与え,彼らの中に新しい霊を授ける。わたしは彼らの肉から石の心を除き,肉の心を与える」の言葉にありますように,筆者の心はいつも「石の心」(ヘブライ語レヴ ハエーヴェン)でした(エゼキエル 11:19)。ローマ・カトリック教会三代目で育ちながらも,キリスト教会に歯向かうために情熱をもって過ごした13年間はまさに「石の心」でした。神戸の最も西,明石市にまたがる明舞団地のある地域で,教会をつぶそうと情熱をもっていた罪人の頭のときがありました。先月,5月26日,「阪神宗教者の会」の帰りに,親しい赤川祥夫牧師(日本基督教団岡本教会)から,「そこに今でも教会が残っていれば引っ越しして,そこで牧会をしたいものだけれど」,とぐさっと言われました。もちろん冗談が半分入っています。
みなさん,神はいますか。無神論者ですか,それとも有神論者ですか。ではどなたか,神は存在すると証明できますか。風は目に見えません。葉っぱが揺れているから風があるように,造られたものを通して,知ることができます,とかつては無神論者に帰納的(ア・ポステリオリ)に狂信的に語って,自己満足していました。「ローマの信徒への手紙」1章20節に,「世界が造られたときから,目に見えない神の性質,つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており,これを通して神を知ることができます。従って,彼らには弁解の余地がありません」とあります。神戸改革派神学校で聴講する筆者に哲学を教えてくださった春名純人名誉教授は,自然の世界には自然法則があり,精神の世界には規範があることから,神は今もこの創造の法を通して世界を摂理的に統治しておられる,と有神論的世界観を説かれました3)。狂信,盲信,軽信から脱皮するように哲学的思惟に目が開かれました。
神が存在するなんて言っても“人間の脳が創り出した妄想”に過ぎない,と脳科学者の茂木健一郎[もぎ 1962-]先生や, 2012年に一般財団法人苫米地国際食糧支援機構を設立した苫米地英人[とまべち 1959-]先生は言われました4)。一方,数学者クルト・ゲーデル[1906-1978]は「もし必然的存在の概念が無矛盾であれば,それを成立させる対象が存在するはずだ」と神の存在を“不完全性定理”という理論でだれも否定できない論理で証明しました5)。近代科学の父と言われるアイザック・ニュートン[1642-1727]は,神の存在を証明する方程式を作ろうと試みましたが,できませんでした。されどゲーデルはやりとげました。
画像 クルト・ゲーデルの存在論的証明 5)

無神論に 対して数式をもって 神存在を 証明。

みなさんは,神存在について,筆者と同じ昆虫好きの茂木先生や,脳機能学の苫米地先生が言われるように脳が神をつくり出したという説と,不完全性定理のゲーデル博士のどちらがうけいれやすいですか。
さて,筆者自身はいろいろなところで,茂木先生と同じように「無神論者です」と言うことにしています。生物学者であり『神は妄想である―宗教との決別』を2007年以降,ベストセラーになりましたリチャード・ドーキンス博士と同じ斬り込みです。筆者とドーキンスの類似点は9・11テロを契機として生き方の転換点としていることです6)。ただし動機が異なります。東北ボランティアに参加した学生たちの中で,筆者が牧師だとわかっているメンバーは「そんなこと言っていいのですか」,とけげんな顔をして筆者を見つめます。「神を知らぬ者は心に言う」という「神を知らぬ者」(ヘブライ語 ナーヴァル「愚か者」の意『新改訳』)みたいでしょう(詩編 14:1)。無神論者は,うなじが固く,石の心のように一義的な見方をする人間の特長です。つまり聖書によると無神論者は「愚か者」です。しかし,筆者は,神は存在するか,存在しないかを論じることは立場によって平行線になると思っています。無神論者にいくらていねいに,またある場合,脅迫的によって信じさせようとしても徒労に帰することを何度も経験してきました。ですからこう答えるようにしています。たとえば,ここにコップがあります。ここの教室にいない人にとって,筆者が「コップがあります」と言っても,見えませんから,本当かどうか確信できません。共産主義を理想とする方にとり,宗教はアヘンです。宗教者が演繹的に神はおられるんだという大上段からの斬り込みをしても納得されません。コップがあるかないかのように,見ていない人にとっては,コップは存在していません。神も存在していないのです。しかし,筆者はこう述べることにしています。“確かに神は存在しませんね。ここにあるコップも,机も,すべてのものを存在なさしめる方がいることを筆者は信じています”,と答えますと,学生たちも,「なるほど」,と反応します。
では,あなたの心は「石」のように固いですか,それとも「肉」のようにやわらかいですか。

 b. 愛が冷えた時代
「不法がはびこるので,多くの人の愛が冷える」(マタイ 24:12)。「また,情けを知らず heartless」[ ストルゲー〈自然の情愛を欠く,愛情のない,無情な〉の意]がはびこる時代です7)。主犯格の女性(当時62歳)は兵庫県尼崎市で起きた連続殺人事件では情愛がない非道な犯行に及びました8)。哲学者ハンナ・アーレント[1906-1975]は現代を「暗い時代」(ブレヒト)と言います。「そうした時代に生き,教育を受けた人々は,恐らくつねに世界とその公的領域にあまり関心を持たず,できる限りそれらを無視しようとする」,と9)

見ざる,言わざる,聞かざる

強さと自己責任を要求する現代の日本社会では,弱い人や貧しい人に対する無関心の空気が形成されています。無関心は愛の反対語です。私たちは今,そういう意味での愛が冷えた時代を生きています。愛の反対は,憎む対象にすらならない無関心なのです。
画像 熊本・大分地震 季刊誌『支縁』No.18(2頁 神戸国際支縁機構発行 2017年2月)。

季刊誌『支縁』No.18(2頁 神戸国際支縁機構発行 2017年2月)

皆さま方聴衆には女性が圧倒的多いようです。身近なことをお尋ねします。もしボーイフレンドや恋人,結婚相手を選ぶとしたら,どちらをお望みですか。あなたに対して放任主義といいますか,「無関心型」か,それともあなたのことが気になって仕方がない「束縛型」か。

無関心型か束縛型

日本でアンケートをとってみますと,男女ともに「無関心型」を選んだ人が過半数を超えました。男性の56.8%に対し,女性の方が63.2%とやや高めの結果となりました10)。「無関心型」を選んだ女性は「自由な時間が欲しい」,「自分らしくいられる」といった声が多数。働く女性が以前より増えたせいか,個人を尊重してくれる男性に好感を抱く女性が多いのかもしれません。マックス・ピカート[1888-1963]は,「愛のなかには言葉よりも多くの沈黙が含まれている」と言いました。しかし,ピカートは「言葉がはじめて,愛を限界づけられたもの,明瞭なものにするのである。そして,愛に対して,愛にふさわしいものを与えるのだ。言葉によってはじめて,愛は具体的なものとなる,(中略)言葉によってはじめて,愛は真理のうえに据えられるのである」,とも述べています11)
日本全体が「無関心」であってもいいという風潮を受け入れるエートスがあることを認識させられるひとつの断面図をみてみました。
主イエス・キリストは,「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが,その一羽さえ,あなたがたの父のお許しがなければ,地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから,恐れるな。あなたがたは,たくさんの雀よりもはるかにまさっている」,と言われました(マタイ 20:29-31)。
人間側の方で愛が冷えていても,人間に関心をもつ方がおられて,人間を「愛する」方であるなら,キリスト教会も隣人を「愛する」存在となっているでしょうか。

 c. キリスト教会の愛は深いか
筆者は今でこそ神戸国際キリスト教会の牧師をさせていただいており,こうしてキリスト教会の牧師として講壇から語るようになっています。しかし,かつては教会荒らしのひどい輩であることをさきほど述べました。エホバの証人は,千年王国がすぐにでも到来するかのように,仕事を転職し,家から家へ戸別伝道を優先するようにしています。「家ごとに」(ギリシア語 カト オイコン)を「家から家へ」と曲解して戸別訪問をすすめます(使徒 2:46,5:42,20:20)。

岩村カヨ子 家族で伝道場面 Kayoko Iwamura

もうすぐ,キリストが治める王国が来るのだから,今の世の中が魅力あるように思わせるボランティアなどもってのほかでした。なぜなら証人はハルマゲドン以降の地上の楽園を待ち望むからです。現世をよくする運動はサタンを喜ばせる罠だと思い込んでいます。自然災害などで被害があっても自分たちだけの王国会館や信者の生活に惜しみない支援をしています。相互扶助の精神はしっかりしています。しかし,他者には無関心なのです。
一方,キリスト教会は世に仕えています。今回,ここ宮城学院女子大学で話す機会が与えられたことを聞かれたおひとりの先生は,神戸国際支縁機構の存在,活動を調べて,維持会費をすぐに振り込んでくださいました。寄附文化のない国で,迅速な対応に頭が下がります。松尾芭蕉[1644-1694]は,1694年,大阪で「秋深き隣は何をするひとぞ」,と詠みました。日本人の他者にあまり関わらない風潮があることも事実です。ご近所,同じ集落,コミュニティに関心をもつ日本に変える必要があると思われていることでしょう。変革の原動力はキリスト教会のもつ使命のひとつとみなさんは考えておられ,行動なさっておられると信じます。寄附文化がないと言われる日本でも,キリスト教会など宗教界は積極的に寄附する点で際立っています。日本1世帯当たり年平均の寄付額は2013年が約2400円。調査対象の年に寄付をした個人は英米ともに全体の6割弱で日本は3割弱です。寄付をした人の平均額は米国が約17万円,英国が約4万円,日本は約1万4千円(震災関連を除く)と金額にも開きがありました。日本でも2012年の個人寄附の分野別割合のトップは,宗教が33%です。緊急災害支援の9.6%をはるかに上回っています12)
こういう場面を想像してみてください。あなたがその場にいます。目の前の池で溺れている人がいます。ばたばたしています。どんどん沈んでいきます。お会いしたこともない方です。どうなさいますか。「助けてくれ!」と叫ばなかったから,自分は何もしなかったと後でおっしゃいますか。自分がかなづちであっても,だれかを呼ぶとか,棒きれでも放り込むとか,必死で行動なさるでしょうか。
それともただ見ているだけですか。それとも知らんぷりをしてその場をそそくさと立ち去りますか。震災で親を亡くした子どもたち,仮設住宅で貯金もほとんどなく,新しい家に移り住みたくてもとても毎月5万円近くの家賃も払えない人たち,独居で,頼る隣人がいない人たちは,ここ宮城県だけでなく,熊本県,大分県でもおられます。ちなみに熊本県益城町では昨年の4月14日以降,37人(直接死20人,震災関連死17人)がなくなっています。西原町では8人(直接死5人,震災関連死3人)が亡くなられています。直接命をついえた数より,その後,生きていくことが出来なくなっている数が増えている現実をどうお考えになられますか13)

 (2) 疑う者は救われる
 a. 二者択一への疑いから聖書観は始まる
神戸国際大学の近藤剛教授は,日本聖書協会主催の「聖書セミナー」で神学者パウル・ティリッヒ[1886-1965]の「懐疑の義認」について語られました。「信仰は懐疑の『否』と懐疑の不安を除去しない」と言われました。人間が持ち合わせている本質的な疑い,「こんなに悪が許されているのに,神はいるのか」などの「疑い」についてティリッヒは「懐疑者の義認」と考えたとのことです。「疑う」者も罪人と同じように義とされる(Rechtfertigung des Zweiflers)と解釈したのです14)。筆者は「疑い」の発露が良心に基づくか,悪意に基づくかによって,ふるわれると考えます。イエスは「信仰の薄い者よ,なぜ疑ったのか」,と弟子たちに叱られる場合もあったからです(マタイ 14:31)。
共謀罪が今週中に成立しそうな気配です。誰に対しても「疑い」の目でテロリスト予備軍として捜査対象にすれば日本は救われるなどと言う視点は倒錯行為です。
2016年11月19日,筆者たちは第69次東北ボランティアの際,いつもと異なり,空手道場に寝袋を敷いて寝ないで,駐車場で休んでいました。早朝5時46分,10人乗りハイエースが揺れ出したのです。暗い朝,コンビニの店員たちが血相を変えて,駐車場に飛び出してきました。
2011年3月21日に,石巻専修大学に物資を運んでいた時,余震で山鳴りがしていました。スタッフたちは相撲力士たちのように蹲踞(そんきょ)の格好で踏ん張っていました15)。眠っていた村上裕隆君をたたき起こして,「津波だ」とすぐにラジオのスイッチを入れました。すると宮城県沿岸に津波注意報が出ています。車いすを積んでいるので,石巻市で一番被害の出た渡波に行くために出かけました。10人乗りハイエースは車いすもあり,独居で身動きができない高齢者に役立てばと考えたのです。
東日本大震災時,渡波は約2万1千人の人口の内,90%が避難しましたが,約600名が津波にのまれました。行方不明者数は正確にはだれもわかっていません。その時,約5年と3ヶ月前のことです。雪の降る寒い中,四方から襲う津波の道を目撃していました。一回沖へ引き戻したら,また家,船,水産の工場をバキバキと轟音を立てながら,繰り返し,すべてを飲み尽くす黒い波。生き残った住民は,夜寝静まった時,聞こえてくる波の音にトラウマがあります。「夜,海の音さ,聞くとおっかなくちゃ,眠れねぇべー」という証言を傾聴ボランティアで何度も聞きました。
その朝,道路はまだ渋滞はなく,平素30分以上かかる最大の犠牲者が出た海岸まで10分で到着しました。周囲は明るくなっています。ほぼ毎月通っている渡波3丁目はただならぬ雰囲気です。「海から離れてください」と津波避難注意報が沿岸区域に繰り返し流れています。午前7時4分。石巻市牡鹿半島の鮎川,津波30㎝。「高波注意」と「津波注意」は根本的に異なります。海上が波浪のための高波とは異なり,津波は海の底からすべてを呑み込んで上陸します。1960年のチリ地震[1960年5月]は,東京の築地に22時間59分後に上陸しました。一日,24時間で津波はチリから東京の築地に到達しました。新幹線より速い時速750キロということになります。自動車でも逃げ切れません。近くに気付いた時にはもう逃げ切れません。車の中ですと,水圧のため脱出ができません。2011年,東日本大震災の最大の被災地は宮城県石巻市渡波と筆者は確信しています。なぜなら東北三県で面積当たり最も犠牲者が多く出た渡波の松原町などを含んでいるからです。遡上高[そじょうこう] 海岸から進入してきた津波が,陸上を這(は)い上がった最高地点の高さについてもあなどれません。一般に言われている岩手県宮古市が最高ではない。宮城県石巻市の笠貝島(無人島)が最大43.3メートルです16)
「津波が来ます。皆さん避難してください」と大音量なのと対照的に渡波はひっそりしています。機構が被災地にいることを知ったメディアから問い合わせが来ます。

画像 17)『神戸新聞』夕刊(2016年11月20日付)。

『神戸新聞』夕刊(2016年11月20日付)

漁ボランティアで仕えた牡蠣(かき)の工場の漁師達は殺気立っています。「あおら,あそこの杭,いぎなし いずい(なんか変)」「おっかね。おどげでねぇ。しぇんしぇ わらわんどここから出て行けっちゃ」と語気強くいわれました。「んだねぇ」,と答えます。息をはずませて漁ボランティアで仕えた漁場に来たものの肩すかしです。逃げようとしない住民たちがいたのです。
午前8時21分。宮城県石巻市渡波,津波注意報から「津波警報」に変更。海の潮の流れが速くなっています。津波の影響で養殖の杭が沈みだしました。尋常でない空気が海の男たちの顔の眉間に緊張が走っています。「海から離れてください」から「沿岸部から離れよ」にアナウンスの調子が変わりました。

画像 『石巻かほく』(2017年3月8日付)18)

『石巻かほく』(2017年3月8日付)

2016年11月20日,石巻市沿岸部の人々は逃げようとしませんでした。なぜ逃げませんでしたか。ひとつに,自分は大丈夫だと変な過信があります。自然災害の時,「自分ごと」だと危険を察知し,逃げねばなりません。ところがニュースなどの情報を聞いて,専門家の分析を聞いてから行動しようとします。“怖いのはパニックではなく,パニックを恐れる人たちが引き起こす情報隠し”です19)。政治家,専門家はパニックに陥らないために,危険な真実を住民に伝えなかったという教訓をフクシマのメルトダウン隠しからも肝に銘じておくべきです。二番目に,災害時は「空気を読まない」「忖度 Emppathic Understanding (共感的な理解)しない」姿勢が生死を決します。周りの人に同調しすぎて逃げ遅れてしまうからです20)。筆者は,もうひとつの理由をあげたいです。三番目に,もう逃げることよりも,「諦観」(たいかん)=「あきらめ」の空気を吐き出さねばならないことです。あの時,助かったのは運がよかったと,当初思っていても,自分だけが生き残ったことに自責の念があるのでしょうか。震災後,家には非常時の防災キットも備えられていますが,生きるか死ぬかは個人の努力でもどうすることもできないという悟りきった境地です。生き延びてもいいし,もう死んでもいいというあきらめです。たとえ生き残っても,3.11で死んだ友と比較して「よく生きた」からという満足感があります。一方,たとえ死んでも,「もうこれ以上楽しい人生はないっべ」とあきらめがあります。「生きるか,死ぬか」のどちらがよいか,二つにひとつを迫る立場にいることを想像してみてください。せっかく生き延びる機会があるにもかかわらず,ふたつにひとつの選択では実行力に乏しくなります。

「もしハイエースに乗ればいのちは助かります」は,逆は「もしハイエースに乗らなければ,いのちはありません」という例を考えましょう。ちなみに,説得とは,相手のアイデアを壊すところから始めなければなりません21)
答えは二者択一ではないのです。「いのちはハイエースに乗れば助かります」とは必ずしも言い切れないのです。ハイエースに乗ることによって,渋滞に巻きこまれていのちを失う可能性もあるのです。AかBの二元論で考える習慣では急場を乗り越えられません22)。黒か白,陰か陽,光か闇,神かサタンかといった二元論の選びでは諦観の日本人は決断できないのです。
「自分で判断しなさい。女が頭に何もかぶらないで神に祈るのが,ふさわしいかどうか」の「判断する」(ギリシア語 クリノーはa reasoned statement or augument〈識別する〉の意]です(Ⅰコリント 11:13)。「クリノー」は『新改訳』フィリピ 1章9節で,「わたしは,こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて[識別力によって『新改訳』],あなたがたの愛がますます豊かになり」,と訳されています。文脈の16節には,聖書のものの見方,考え方,発想は「二元論ではないことがよくわかります。「一方は,わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って,愛の動機からそうするのですが」,と二者択一のどちらかという一義的な視座を否定されています。つまり聖書的思考とはAもBも両方を「疑う」から出発します。
どちらを選択するのかという揺れは悪魔からもたらされます。悪魔は外から迫害によって脅し,誘惑によって人を惑わす存在だと思っているキリスト者を問わず,多いでしょう。悪魔はギリシア語でディアボロス[英語デビルの語源]です。ディアボロスは前置詞の  ディア〈二つ〉+ バロー〈ぶつかる,突進する〉の合成語です。
悪魔,つまりサタンは特定の場所から人間に働きかけるのでしょうか。角を生やし,黒いマントを着て,しっぽがある姿を連想する人々もいます。ペルガモンには「サタンの王座がある」とは特定の場所から影響力があるにちがいないと考える人もいます(黙示録 2:13)。しかし,サタンは,「この世の神」とパウロが述べるように,いかなる場所,状況,時間において「人々の心の目をくらましトュフロー〈思いをくらまし『口語訳』〉),神の似姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えないように」しているのです(Ⅱコリント 4:4)。したがって,特定の場所から見張っているのではありません。むしろ私たちの心の中で,AとBの相反する考えが「ぶつかる」状態こそ悪魔が暗躍していることに気づかねばなりません。青酸カリの入った飲物を人から勧められた時,「飲むか」それとも「飲まないか」について,まったく疑わずに,飲み干したら危険です。
だからこそ,AとBの両方を疑うことからキリスト者は自問します。「人間より神に従わねばならない」場面において,「人間」と「神」の二項を天秤にかけることはしません。日本基督教学会の水垣渉元理事長は,“初めは二つだけから成り立っていたように見えた関係の中から,第三の最も重要なものが生じました。二項関係は三項関係になるべくしてなったのです。救いの歴史は,創造の二項関係からイエス・キリストが中心になる三項関係へと発展していく歴史になります。それは「救済史」と呼ばれます”,と論じられます。水垣先生はセーレン・キェルケゴール[1813-1855] の「関係がそれ自身に関係する」こそが聖書の基本的な考え方を簡潔に哲学的に表現したと説かれました。マルコ 10章6節に,「神は人を男と女とにお造りになった」に「男」と「女」が出てきます。文脈の9節には,「神が結び合わせてくださったものを,人は離してはならない」に「結び合わせる」(スズューグヌミ〈スン「共に」+ ズューグヌミ「繋ぐ」〉)とは「同じくびき[ズューゴス]につなぐ」の意味になります。神は男と女を創造されただけでなく,同時に両者の間にくびき,きずなという関係をも創造されたのです。東洋的な「縁」です23)。したがって,ボランティア道は二項の選択から第三の選択肢である垂直の介入の力学が働きます24)。青酸カリの入ったジュースを勧められるとき,第三の選択肢とは何でしょうか。無二の親友,忠実な部下,信頼できる家族であったとしても,「人間に頼るのをやめよ 鼻で息をしているだけの者に。どこに彼の値打ちがあるのか」,という冷徹な判断を求められます(イザヤ 2:22)。人に後ろ指を指されるような生き方をしてこなかっと自負するなら,自己を「疑う」資質について未熟なのです。自己義を誇ってはならないのです。「汝自身を知れ」,とソクラテス[紀元前469頃-399]が問う心的契機に無辜すぎるのです。たとえば,筆者が大きなカバンを携えて,JR朝霧駅のプラットホームに立つとしましょう。黄色の線があり,線路側には身を乗り出さないように安全を考えます。一番前に並び,カバンだけをすこし黄色のラインより電車側に近づけて置きます。そこへ身なりのよい女性がさっさと歩いて,プラットホームの線路側を通り過ぎようとします。彼女は内心,こんなところにカバンなんか置いて邪魔じゃないの,と目が語っています。筆者はだれも歩いたりしないゾーンだから大丈夫と思い込んでいます。双方共に自分は義[正しい]と思い込んでいます。「無知な者は自分の道を正しいと見なす。知恵ある人は勧めに聞き従う」,と箴言にあるとおりです(箴言 12:15)。自分は「正しい」( ヤシャール〈平らな,正しい,正直な,実直な,まっすぐな〉の意)と信じきっています。このように自己義は洋の東西を問わず,だれしもが思う事柄です。人それぞれ複数の正義があるのです。そこで自分はグラスを手渡す人を裏切ったことはないだろうか,人生の闇,地獄を見せるように仕向けたことはなかったか,恨み辛みを与えたことはないか,という自己に対するクリティック[批判,疑い,総括]を瞬時にする冷静さです。『我と汝・対話』の著者マルティン・ブーバー[1878-1965]が,「初めに関係があって私という存在をつくっているとするもので,関係を大切にした自己だ」があってこそ,差し出された杯を平安のうちに口に含むことができます。「というのは,神の言葉は生きており,力を発揮し,どんな両刃の剣よりも鋭く,精神と霊,関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して,心の思いや考えを見分けることができるからです」の「精神と霊,関節と骨髄」に神が  ディイクネオマイ「貫いて入る,刺し通す」,つまり垂直的に「介入」(ドイツ語 eingreifen)してくださるのです(へブライ 4:12)。つまり, エンスーメースィス〈感情の起伏がある心情〉と  エンノーイア〈理性による智〉の二極の揺れに惑わされない判別 クリティコス〈見分ける,識別する能力〉を発揮できるのです。“智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい。”,と夏目漱石[1867-1916]が『草枕』と述べる葛藤から解放され,勝利することができるのです。したがって,三項関係があってこそ,「疑いながら食べる人は,確信に基づいて行動していないので,罪に定められます。確信に基づいていないことは,すべて罪なのです」,と確信に基づいて行動することが可能になります(ローマ 14:23)。
宮城県石巻市渡波において,2016年11月22日10時53分「警戒」から「注意」に戻りました。“宮城県の注意警戒事項 東部では高波3メートルに注意”と危険姓が去り,筆者たちの緊張も和らぎました。
「防潮堤」について考えてみましょう。「防潮堤があればいのちは助かりますか」それとも「防潮堤がなければ死にますか」。
津波が岩手県宮古市田老町地区を襲う前,田老町は世界で最も津波から守られていると国の内外で有名でした。海外から視察,見学,研究者が訪れ,国,地元,工学者たちは胸を張って自慢していました。フクシマ原発と同じと同じように安心しきっていました。悲劇でした。逃げ遅れた住民は犠牲になられました。「防潮堤があったから死なれることになりました」。沖の津波も見えません。海岸に新幹線以上の速さで押し寄せる津波の音も聞こえません。なによりも「防潮堤があればいのちは助かる」を盲信していました25)

季刊誌『支縁』No.10(4頁 神戸国際支縁機構発行 2015年2月) Pastor Yoshio Iwamura

 b.「信じる者は救われません」
 聖書の次なる言葉をさんざん聞かされている信者はお気の毒としかいいようがありません。「いささかも疑わず,信仰をもって願いなさい。疑う者は,風に吹かれて揺れ動く海の波に似ています」(ヤコブ 1:6)。教会,神学校,教団,教派の組織の指導者が語ることに疑義を挟んではならないのです。万一の時も「神さまを信じていれば」,港の岸壁に停泊する大きな船も錨をおろします。台風,暴風雨,しけなどによって船自身が沖に流されてしまうことがないように,信者も固い信仰によって,自分たちの群れにつながっていなさいと聞かされます。文脈の8節で,ぶれやすい信仰は「心が定まらず,生き方全体に安定を欠く人です」と注意が喚起されています。『新改訳』では,「二心のある人」と訳しています。ディプシュコス「デュオ+  プシュケー〈どっちつかずの,ぐらついた〉」信仰などあってはいけないと教えられてきたのです。
たとえば,「ペトロとほかの使徒たちは答えた。『人間に従うよりも,神に従わなくてはなりません」(使徒 5:29)と。一方,宗教組織の中では,聖書の真理よりも,言われた通りに「人間に従う」者が忠実として誉められるのです。何も疑わない鳩のような純粋な信仰の信者ばかりだと霊的指導者はやりやすいのです。「筆者たちは,あなたがたの信仰を支配しようとする者ではなく,あなたがたの喜びのために働く協力者です」とたたみ込みます(Ⅱコリント 1:24)。そして,君臨しています「主人として支配する」[ギリシア語 キュリエウオー〈~を支配する〉]のです。位階制,求心力,教導権を握る指導者がいてはなりません。「この者どもは,心を一つにしており,自分たちの力と権威を獣にゆだねる」ように金太郎飴のような画一的な断面図を誇ります(黙示録 17:13)。トップダウンですから,即決で重要な案件も決まります。しかし,付いていってはならないのです。
聖書には,「指導者たちの言うことを聞き入れ,服従しなさい」(へブライ 13:17),と「服従」についても述べられています。文脈の7節に「あなたがたに神の言葉を語った指導者たちのことを,思い出しなさい。彼らの生涯の終わりをしっかり見て,その信仰を見倣いなさい」の無批判の従順さは危険です。「彼らの生涯の終わりをしっかり見て,その信仰を見倣いなさい」の「終わり」[ギリシア語 エクバスィス〈結末〉の意]に倣うのであって,それは盲従ではありません。殉教を辞さない模範こそ「従う」生き方になります。歴史学者海老沢有道[1910-1992]はキリシタンがなぜ殉教をいとわなかったかについて注目しています。“構成員である信徒は,使徒・教父・証聖者らの教説・信仰,その生活態度に倣い,連綿と伝統・伝承を受け継ぎ,殉教者の血が奉教人の種子となって発展してきた超歴史的な公同の教会の一員であり,兄弟姉妹なのである”,と「生活態度,殉教者の血」が従う基準であることをつまびらかにしています26)

c. 二者択一から第三の選択へ 筆者の聖書観
 「神に従う」のか「目に見える『人』に従うかの選択をしません。どちらが正しいかではなく,第三の選択肢を選ばねばなりません。ヤコブ1章5節で,「願い求め」「ディアクリノー」〈吟味して判する〉姿勢こそが聖書的考え方になります27)。フィリピ 1章9節で,「わたしは,こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて[識別力によって『新改訳』],あなたがたの愛がますます豊かになり」,と二つの選択から,もっと鋭い聖書観を研ぎ澄ますのです。
文脈で,「一方は,わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って,愛の動機からそうするのですが」,と「弁明する」[ギリシア語 アポロギア〈言い開き,弁護〉考え方を身につけるように促されます(フィリピ 1:7,16)。「神」か「人間」かのどちらに従うかという二元論には落とし穴に陥る場合もあります。たとえば,ギリシア人も人間を「神」にしていました。日本も天皇制度によって現人「神」として戦時下,キリスト教会は 礼拝の中で君が代斉唱,宮城遥拝が行われました。従う対象を人間か神のどちらかと無思慮に判断をしてはなりません。どちらが正しいかではなく,何が正しいかを見抜くのです。哲学で言えば,正反合の弁証法的思惟が近道です。何が正しいか,「善悪を見分ける感覚を経験によって訓練された,一人前の大人のためのものです」(へブライ 5:14)。AかBのどちらかを選択するように迫られた時,「見分ける感覚」(ギリシア語 エイスセーテーリオン〈知覚・感知する機能〉)があってはじめて「大人」[ギリシア語 テレイオス〈充分成長した,成人した,円熟の極に達した〉の意]の仲間入りができます。そのためには,AとBの両方を「疑う」力が必要です。すなわち正解はAでもなければ,Bでもない判断を瞬時にできる発想が求められます。次に,答えがAでもなければBでもないなら,何が答えですか。すべての存在を設計し,保持し,完成する超越論的存在の視座に周波数を合わせねばなりません。解釈上の混乱,聖書の不明,謎が出てきたら,当然設計者自身の説明が最終的な突破口となります。「どんな家でもだれかが造るわけです。万物を造られたのは神なのです」,という設計者のことばにより解釈するのです(へブライ 3:8)。つまり聖書は聖書によって解釈するしかありません。設計者を無視して,大工が設計図を調べずに体験,技術,勘で主張するように,釈義書,出版物,牧師に電話して説明してもらう行程はいりません。なぜなら設計者のことばはむずかしいものではないからです。「わたしが今日あなたに命じるこの戒めは難しすぎるものでもなく,遠く及ばぬものでもない」の「難しすぎる」(へブライ語al;P;パーラー〈驚異,難解,摩可不思議〉の意)ではないと設計者自身が保障しています(申命記 30:11)。そうであるにもかかわらず,人間である集団的指導者の群れはコンスタンティヌス帝[コンスタンティーヌ1世 280頃-337年]がキリスト教を国教にして以来,聖書がむずかしい書物だと思い込ませてしまったのです。聖書の理解は教義を定める教会の教導権抜きには勝手に判断してはいけなかったのです。チャンネル,教導権を有する司教職,教義・教理,統治体から教えをひもといてもらわないとわからないようにされてしまいました。「手引きしてくれる人がなければ,どうして分かりましょう」,と道案内がないと,説教者自身も確信をもって講壇から語れない有り様です(使徒 8:31)。キリストを信じる集まり「エクレーシア」を「教会」と称することからも,教会は神学論争,禅問答のようなむずかしい教えを説くイメージを与えてしまうようようになりました。しかし,使徒言行録 8章の文脈はイザヤ書のメシアとはだれか,つまり聖書全体の統一した主題はだれかについてフィリポはエチオピア人に示しているにすぎません。救い主について学校などに行って学ぶのではありません。聖書の勉強と言われたにもかかわらず,組織の取り決め,教会政治,伝道方法などを教え込まれます。「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて,聖書を研究している。ところが,聖書はわたしについて証しをするものだ。それなのに,あなたたちは,命を得るためにわたしのところへ来ようとしない」,とキリスト自身が痛烈に組織崇拝を批判されています(ヨハネ 5:39,40)。キリストは学習して学ぶのではありません。出会いです。「さあ,見に来てください」( デューテ イデテCome and see),とサマリアの女性は村の人々に言いました(ヨハネ 4:29)。キリストと出会えば,AかBの両方が答でないなら,何が正しいか,パラクレートスが導きます。「いつもあなたがたの内には,御子から注がれた油がありますから,だれからも教えを受ける必要がありません」(ギリシア語cri,wクリオーの名詞形〈イエスを信じる者に神の霊を与える〉Ⅱコリント 1:21参照)( Ⅰヨハネ 2:27)。

では,ここでご一緒に考えたどちらが正しいかではなく,第三の選択肢を選ぶ考え方ができたかどうか,試験をさせていただきます。

今から,聖書の一箇所をお読みします。イエスの教えに対して,みなさんはどちらに従われますか。
「どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか,一方に親しんで他方を軽んじるか,どちらかである。あなたがたは,神と富とに仕えることはできない」(ルカ 16:13,マタイ 6:24)。
聴衆のみなさんは,「信じる者は救われない」と聞かれて,どのように判断するか,思索なさったことと信じます。では,皆さんは,「神」と「富」のどちらに仕えられますか。
もしここで,どなたかが岩村と同じように,「富」「酒」「女」とは縁もなく生きていこうとなさいますか。「神」だけに仕えますと即答なさるとすると,国の内外で,弱者に仕えるボランティア道を共に連帯することはできなくなります。
お金は貪欲に求められる世の神さまです。チャリンの前にはだれでもひざまづきます。キリスト者は二元論で,霊的なことは良いが,富は悪と考える傾向があります。聖大アントニオス[251頃-356]の頃から修道士生活が始まります。中世になると,「キリスト教は……人と自然の二元論をうちたてただけではなく,人が自分のために自然を搾取することが神の意志であると主張した」と自然をこわしてきた,と歴史学者のリン・ホワイト[1907-1987]はキリスト教を批判します28)
物質,富,財産は貪欲のとりこになるから徹底的に拒否する姿勢が修道士の生き方です。しかし,二元論ではなく,平衡の取れた見方をしていないと仙人の生活を求められてしまいます。
「むなしいもの 偽りの言葉を わたしから遠ざけてください。貧しくもせず,金持ちにもせず わたしのために定められたパンで わたしを養ってください」のように「貧しくもせず」という道を願う方が聖書的であります(箴言 30:8)。
文脈から判断することは有益です。「そこで,わたしは言っておくが,不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば,金がなくなったとき,あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる」には「不正にまみれた富で友達を作りなさい」と富の奴隷となるのではなく,神からの祝福である「富」(mamwna/j マモナ アラム語から派生)を有効に用いることができます(ルカ 16:9)。マモニズム(金銭至上主義)に陥らず,ql,xeヘッレク〈分け前,受ける自分の分,報い〉で満足するのです(コヘレト 4:9,9:9,Ⅰテモテ 6:6,8 『仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)』にある「少欲知足(欲を少なくして足ることを知る)」も聖書と共通しています29)
大学を卒業なさっても,生活のあらゆる場で引き続き訓練なさってください。オレオレ詐欺にもひっかかりません。信じますか。つまり,騙す側だけを疑うのではありません。騙される自分をも疑う冷静さを絶えず培ってください。たとえば,試験の時,自分の答案用紙は正しいと思ってすぐに出したりはしませんね。「どこか間違っているにちがいない」と,何度も疑ってかかる姿勢が求められます。今日,みなさんにお配りしようとする筆者の完全原稿も客観的に見直す,時間をおいて読み直すとまちがいがいくらでも出てくるものです。「疑う」者は救われるのです。大学受験もそうですね。受験生の答案の平均点数はさほど変わりません。10点,15点のちがいで合否が決まります。ケアレスミスをなくすために自分を疑う力が必要です。「愚かな者としてではなく,賢い者として,細かく気を配って歩みなさい」の「細かく気を配って」(avkribw/jアクリボース「〈厳密に( 綿密に,注意深く)の意〉」の注意深さを求められます(エフェソス 5:15)。「ここのユダヤ人たちは,テサロニケのユダヤ人よりも素直で,非常に熱心に御言葉を受け入れ,そのとおりかどうか,毎日,聖書を調べていた」,とたといパウロが講壇から語ったことであっても,「調べる]( avnakri,nwアナクリノー 〈問いただす,吟味する,精査する,《批判の対象にして》評価を下す〉)のです。ベレアのキリスト者は徹底して吟味したのです(使徒 17:11)。パウロだからと言って,うのみにはしませんでした 。
神も仏もない時代に,「神さまはおられるなら,あんなテロによってシリアなどの子どもたちは悲惨な憂き目に遭わなくてすむはずだ」という「疑い」があってこそ,はじめて神に挑戦するのです。無関心ならばいつまでたっても,キリストとの出会いはありませんでしょう。

(3) 石の叫びに対して,「しゃべくりより実践」
 a. 石の叫び
宗教改革者マルティン・ルター[1483-1546]の生誕500年を祝う記念行事があちらこちらで見受けられます。プロテスタント教会では,「ヤコブの手紙」はほとんど取り上げられません。信仰義認が強調されているからです30)
ルターはパウロの正統的信仰を損なう「藁(わら)の書簡」と揶揄し,「読む価値なし」と退けました31)。ヤコブ 2章2~4節 「あなたがたの集まりに,金の指輪をはめた立派な身なりの人が入って来,また,汚らしい服装の貧しい人も入って来るとします。その立派な身なりの人に特別に目を留めて,『あなたは,こちらの席にお掛けください』と言い,貧しい人には,『あなたは,そこに立っているか,わたしの足もとに座るかしていなさい』と言うなら,あなたがたは,自分たちの中で差別をし,誤った考えに基づいて判断を下したことになるのではありませんか」,と。
日本聖書協会発行の“SOWER”誌でもとりあげられた岩井健作牧師は,「信仰義認」を教義として固定化した福音主義神学の在り方への批判をされました(クリノー)32)。ルター生誕500年祭の今こそ,藁書簡がいいのか,わるいのかという二元論から脱却する時です。「信仰」と「行い」,「律法」と「福音」,「旧約」と「新約」のどちらがふさわしいかという問いに対しても第三の選択肢を洞察する円熟さが伴うように願いたいものです。新約聖書学者の田川建三先生[1935-]は,“信仰義認をふりまわして実践を鼻であしらい,「主よ,主よ」とやたらと敬虔ぶって叫んで「信仰告白」に固執するけれども,実際には「不法を『行なう者』でしかない”と手厳しく福音主義を裁いています(クリノー)33)
「貧しい人」(ギリシア語ptwco,jプトーコス〈語源ptwvsswプトーススオー 恐れてちぢこまる〉「乞食のような,窮乏している,困窮している,貧弱な」の意)は新約には37回出ています。旧約では,wn”[‘アーナーヴが25回出ています。「貧しい人」とは“物質的に何も所有せず,物乞いするより他に生活手段を持たない極貧の者”,と関西学院の嶺重淑教授は定義しています34)。生活ができない絶対的貧困,平均所得と比較しての相対的貧困があります。
モーセはなぜ選ばれましたか。民数記 12章3節 「モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であった」の「謙遜」(ヘブライ語wn”[‘アーナーヴ〈貧しい〉の意 OTに25回)だったからと長年聖書に親しんでいるキリスト者は答えます。どういうわけかアーナーヴの翻訳は「謙遜な,柔和な」になっています。宗教組織が大きくなってきますと,従順な信者ばかりの方が統治しやすくなります。指導者に逆らわず,どんな無茶なことを決定しても黙ってついてくる羊ばっかりだと助かります。十字軍,日本の戦前,戦時下の朝鮮人差別,ルターのミュンツアー弾圧などに対しても沈黙する謙遜さがいつの時代も求められてきたのではないでしょうか。しかし,アーナーヴは「貧しい」です。神はいつの時代も「貧しい」者を選んで来られました。ルカは,金持ちとラザロを16章19節から31節でとりあげました。「貧しい人々は,幸いである」と貧者でなければ幸せになれないアイロニーを語りました(ルカ 6:20)。パウロは神が身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれることを明らかにしました(Ⅰコリント 1:26-28)。
ヤコブ書の文脈5節には,「わたしの愛する兄弟たち,よく聞きなさい。神は世の貧しい人たちをあえて選んで,信仰に富ませ,御自身を愛する者に約束された国を,受け継ぐ者となさったではありませんか」,と。神は,貧者(つまり弱者)を「あえて選んで」(ギリシア語evkle,gowエクレゴオー〈選び出す,選び取る,自分用に引き抜く〉の意)が選びの基準となっていました。一方,世の中では,会社,官僚,学会では東京大学を出ているとか,受付には美人をおくというような図式ができあがっています。『東大生の受験マニュアル』など中身ではなく,タイトルで良く売れる本になったりします。
キリスト教界のみならず,仏教界でもエリートの見解が用いられる陳腐な傾向があります。
日本の被災地の出来事や,証言の一つ一つは,「これでも心が痛まないのか」と私たちの胸に突き刺さる叫びです。世の多くの人々から無視されている路傍の「石の叫び」です。「石の叫び」は今も世界各地に聞こえます。
2017年3月に訪問したバヌアツ報告の体験をお分かちいたします35)

画像 バヌアツ国ポートビラ市貧民窟ブラックサンド

バヌアツ国 貧民窟ブラックサンド 2017年4月4日 Pastor Yoshio Iwamura

南太平洋上に浮かぶ小さなバヌアツ共和国は,2015年3月のサイクロンにより,人口の約3分の2にあたる推定16万6,000人(内,子ども8万2,000人)が被災しました。神戸国際支縁機構はそこへ訪れ,現地の人々と濃密な交流をしながら,「石の叫び」を聞きました。「私たちは人間です,生きていきたい,あきらめていない」という叫びです。神戸国際支縁機構は現在,バヌアツの子どもたちの施設建設や日本の里親からのバヌアツの孤児たちへの教育費の働きに関わっています。
「日本からの教育費を使って学校へ行きたいですか」,と言うと,子どもたちは飛び上がって喜びました。バヌアツの子どもたちは物質的には決して豊かではありません。けれども,明るく,機会さえあれば,何にでも取り組む元気な子どもたちです。筆者は,子どもたちの明るい笑顔に希望を感じました。ます。少し古い資料になりますけれど,東大生の親の世帯年収は2010年当時,世帯年収 950万円以上の家庭が51.8%に上りました。1000万円並の家庭が半分以上ということになります36)。2012年の全給与所得者で年収300万円以下の割合は41.0%です37)。私立中高一貫校,中学受験用学習塾,朝食摂取などの規則正しい生活が一流大学への道となっています。まさに難関校は現代のバベルの塔です。日本では,世帯所得200万円未満の世帯を低所得層としています。ワーキングプアの年収は,200万円以下と一般的に言われています。賃金構造基本統計調査から計算してみたところ収入が200万円以下の人口は約1069万人もいます。2012年の全給与所得者で年収300万円以下の割合は41.0%。派遣社員の年収は,賃金構造基本統計調査によると,200万円以下の人が77%です。平均の月給料が19万3000円となっています38)。労働市場の規制緩和・自由化による正社員の減少,パート・アルバイト・非正規社員などの増員は政・官・財・学のバラ色のヴィジョンの嘘をそのまま物語っています。こういう現実の中で抑圧されている人々の「これ以上,生きていられない!」という呻きと「石の叫び」が聞こえます。こういう「貧しさ」を官民一体となって放置し,「一億総活躍社会」を錦の御旗として掲げ,自己責任論が大手を振って歩き,人の痛みに無感覚な空気が徐々に漂いつつあります。 2016年10月1日,「ボランテイア・福祉・宗教」で対話集会で筆者はトークセッションの機会があり,小稿を準備した際,子どもの貧困について 国際連合人権高等弁務官であるルイーズ・アルブール氏は,「貧困は,人権侵害の結果であり,人権侵害を生み出す原因である」,の言葉を引用しました39)
日本の子どもの貧困率は16.3%(2014年発表)で,過去最高を更新しました。ひとり親など大人1人の世帯に限ると,54.6%で,先進国で最悪の水準です40)。母子家庭は全国に123万世帯,二人世帯の母子家庭のうち年収が180万円以下の貧困家庭は66%です。そうした生活苦の石の叫びに無関心でいいのでしょうか。
経済的な理由で過去1年間,必要な食料を買えないことがあった沖縄県内の子育て世帯は,ひとり親世帯で43%,両親がいる世帯でも25%に上ります,子どもの3人に1人が貧困状態です41)
一方,格差構造を温存したい御仁には見えない希望がバヌアツ国ポートビラ市の貧民窟ブラックサンドにあります。子どもたちの可能性,無限の情熱,凛としたモラルこそ行き詰まった日本のコンパスです。針を山積みになった干し草に落としたら,どんなに精巧な技術で探索しても見つけ出すのは困難です。磁石があれば簡単です。TV報道,マスコミの紙面,体制を温存させたい人々は,社会の断面の分析は机の上の知力による見当外れの学者の見解に依存します。護送船団という組織力により,維持することに躍起です。記者たちの体感,人々の息づかいは,現場でなければ伝わらないことを伝えてくれます。しかし,学者にはその視座が欠けているのです。磁力がないのです。したがって,うめきに対して,「貧しさ」を知らない学者の知性を繰り返しマインドコントロールされていくうちに,人の痛みに無感覚な人間になっていく道に陥ってしまいました。文明,技術,グローバリゼーションは被災,自然災害,貧困についても無関心という思考回路が君臨してしまいました。

画像 アマトリーチェ
⇒ 第1次イタリア・ボランティア訪問報告

セルジオ・ピロッズィ・アマトリーチェ市長と会見 2017年6月8日 Pastor Yoshio Iwamura

先週,2017年6月8日,イタリア中部で昨年地震があったアマトリーチェに行ってきました。2700人いた美しい町は荒廃に帰し,学校や病院,そして,人々の魂のよりどころでもあるサンタマリア大聖堂も全壊でした。298人が犠牲になり,住民の多くは住むところがなく,死の町と化していました。そこにも「石の叫び」が聞かれました。

画像 ラクイラ訪問 2017年6月9日。

ラクイラ学生寮 2017年6月9日

8年前,2009年4月6日3時32分,イタリア中部の古都ラクイラを襲ったイタリア最大の地震マグニチュード6.3。死者309名(伊ANSA通信) 家屋損壊数千を越えました。いまだに爪痕が残っています。2009年3月31日,民を安心させるため「安全宣言」が放映されました。安全宣言に名を連ねた地震予知委員会の7人の学者たちは有罪の実刑判決が言い渡されました42)。こういう学者たちこそ,地震の被災者たちの「石の叫び」に耳を傾けるべきでありましょう。
一方,否定の論理をもたない日本では,フクシマ原発の安全神話を繰り返した学者,メディアに一切,おとがめなしではありませんか43)。フクシマ第一原発のメルトダウン以降,福島県立医科大学副学長に文科省から依頼された山下俊一[しゅんいち 1952-]という浦上の隠れキリシタンの子孫で被曝2世がおられます。フクシマの被災地では,「ヤマシタ」「ダマシタ」と言われたりします44)。なぜなら「住民などが急性障害になるような高い放射線量を受ける可能性はほとんどない」「およそ100ミリシーベルト以下の放射線を浴びてもがんになる確率は上がらない」,と住民が不安なあまりに問うた質問に対して安心するように「ダマシタ」からです。第二次世界大戦中の日本軍731部隊が人体実験などしなかったという欺瞞を思い起こさせます45)。山下俊一カトリック医学者は「原子力の問題が出たときには,昭和20年の10月に書かれた永井隆の原爆救護報告書の最後の一文を述べるようにしています」,とカトリック医師永井隆[1908-1951]を頻繁に引用しています46)
近代文学研究者である大田正紀先生は,三浦綾子[1922-1999]女史の深い自己呵責を分析します。『道ありき〈青春編〉』で戦時下の教師として歩みが誤りであったことについて,「わたしは七年間,一体何に真剣に打ち込んできたのだろう。あんなに一生懸命教えてきたことが過ちなら,わたしは七年をただ無駄にしただけなのだろうか。いや,過ちを犯したということは無駄とはまったくちがう。過ちとは手をついて謝らなければならないものだ。……」,と46)
人が「石の叫び」が聞こえる中で互いに支え合うこともあります。そのことを実感させられたのは,二度にわたるベトナム水害ボランティア(2016年11月,2017年2月)です。私たち一行は,待ち合わせ時間を守り,礼節を尽くすベトナム人の責任感の強さに感銘を受けました。私たちは,ベトナム人から,人間が生きていく上での信頼を直に学びました。2017年2月,第2次ベトナム水害ボランティアのためベトナムに行った際も,ベトナム人は待ち合わせ時間,語ったことに対する責任感,礼節などにおいて,信頼できることを体験しました。
貧しい人達に対して,第1次ベトナム・水害ボランティア[2016年11月13日(日)~17日(木)]に参加した学生たちが驚いたのはベトナム人の約束に対する責任感の強さです。正直さは,労働力の質の高さに比例していると日本の学生の目に映ったようです。「働かざる者食うべからず」の共産主義を理想とする国にもかかわらず,屋台のような安価なレストランでカエル料理を食べていた時の体験は忘れられません。ベトナムに限らず,ネパール,インド,タイなどのアジア諸国の人々は一般にエネルギッシュであり,勤勉です。低賃金であるにもかかわらず,労働力の質の高さには目を見張るものがあります。「働かざる者食うべからず」の共産主義を理想とする国であるにもかかわらず,高齢のみすぼらしい物乞いが料金の安い屋台で食べている客たちの近くに来て施しを求めます。たいしたお小遣いがない高校生が寛大に施しをしています。紙幣ばかりのベトナムでは,10円相当の紙幣もありますから,差し出しやすいのかもしれません。店内を見渡すと,物乞いにそっぽを向く人はいません。わずかでも与えます。日本では考えられない光景です。他の物乞いが入ってきても,やはりみんなは要求に応じます。店は混雑し,忙しいにもかかわらず,店員たちも物乞いを追い出そうとしません。こういうことは拝金主義の現代の日本人には理解できません47)

b.石の叫びに敏感な者
 「石の叫び」に敏感な者と言えば,イエスのことが思い浮かんできます。「わたしは柔和で謙遜な者だから,わたしの軛を負い,わたしに学びなさい。そうすれば,あなたがたは安らぎを得られる」を何度も聞かされてきておられることでしょう(マタイ 11:29)。イエスを「柔和で謙遜な」方と信じておられるなら救われません。「疑う者は救われるのです」。「柔和な」(ギリシア語prau<jプラウス〈貧しい,哀れな〉の意)はマタイ 21章5節にも出てきます。「シオンの娘に告げよ。『見よ,お前の王がお前のところにおいでになる,柔和な[プラウス]方で,ろばに乗り,荷を負うろばの子,子ろばに乗って』」。新約でカギ括弧が付いているのは旧約の引用です。アウグスティヌス[354-430]という西方教会の神学の父と言われる人物がいます48)。キリスト者は本来,非戦であったのに,神学的に正戦を正当化した人物ですから,個人的には尊敬していません。好きか嫌いかの二元論で申し上げるなら,関西弁で「好かん」となります。しかし,アウグスティヌスも良いことも語っています。「新約は,旧約のうちに隠れ,旧約は新約のうちに明らかになる」です49)。聖書の理解についての定石を語ったことは傑出すべきことです。マタイ 21章5節はゼカリヤ 9章9節の引用です。ゼカリヤ9章9節のヘブライ語ynI[‘アニーは「貧しい,みずぼらしい」ですから,ろばの子に乗った王の「貧しさ,みすぼらしさ」について聖書を読む際,サングラスをかけずにそのまま読みますと,マタイのプラウスも「柔和」ではなく,「貧しい」と訳すべきです。つづく「謙遜な」も本来のテキストの意味から脱線しています。tapeino,jタペイノス〈《身分の》低い,卑賎な,貧しい(ため見下されている)(社会的,精神的に)圧迫されている〉は身分が卑しいことを意味しています。ルカ 1章52節ではタペイノスを「身分の低い者」と訳しています。皆さんがイエスについてどのようなイメージを描きますか。少なくとも,金髪の長い髪,青い目,真っ白い膚,温厚で「柔和な」顔というのは,イエスの実像からは程遠いと考えられます。パレスチナのユダヤ人としてイエスのことを思い浮かべると,黒い髪,黒い瞳,褐色の膚です。さらにみずぼらしい,貧しいおっさんの顔です50)
画像 イエス

イエス・キリスト復元図

聖書は聖書によって解釈すべきです。「見るべき面影はなく 輝かしい風格も,好ましい容姿もない」(イザヤ 53:2)と登場する7世紀前に来たるべきメシア像が描かれています。
したがって,モーセも,キリストも,西暦一世紀の福音を語る側も聞いた人々はみなと言って良いくらい貧しい人達だったという視座で聖書を読み始めますとガラッと変わってきます。
マザー・テレサは,「石の叫び」に敏感な者です。彼女は,インドに来てから使命が変わったのです。信者を増やして,伝道して,信者を増やすことなどどうでもよくなったのです。道で出会う瀕死の人たちに接し,打ちのめされました。そして自分自身もイエスと同じように貧しくなったのです。「低く下って天と地を御覧になる」神とひとつになろうとしました(詩編 113:6)。今まで見えていなかったものが見えてきました。貧しく,小さくされた人々と共に生きるキリストと共苦するようになりました。そのためにバチカンから働きをやめるように刺客が使わされたのも一度ではありませんでした。日本で本田哲郎神父は3つの聖書翻訳に携わりました。大阪の釜ヶ崎で貧しい人達と生活を共にします。マザー・テレサと同じように信者を増やす伝道ではなく,貧しい人々と共生すると,ローマ・カトリック教会の大阪大司教は制限をかけました。本田訳聖書はカトリック系新聞では一切取り上げないこと,表紙は聖書らしくしていはいけないこと,司祭給与は一切与えないなど異端扱いです51)。『苦縁』の著者北村敏泰氏は本田哲郎氏についてインタビューしました。“いわゆる「布教」を釜ヶ崎でしない理由を,本田神父は「キリスト教の本質である人としての在り方を,ここの仲間は実践している。行いこそ大事なわけで,言葉で言う前にもう目的は達成されているからです」”,と52)
「主はわたしに油を注ぎ 主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして 貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み 捕らわれ人には自由を つながれている人には解放を告知させるために」(イザヤ 61:1),というイエスの言葉はそういう福音の表明でもあります53)
弱い人のために正当な裁きを行い この地の貧しい人を公平に弁護する。その口の鞭をもって地を打ち 唇の勢いをもって逆らう者を死に至らせる。(イザヤ 11:4)。
さて,イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。「貧しい人々は,幸いである,神の国はあなたがたのものである。(ルカ 6:20)。

画像 炊き出し

家,住民票,保障など一切ない「路上で生活をしている人」(英語 Bag people)は世界中,どこにでもいます。2014年,宮城県石巻市渡波で,第36次東北ボランティアの学生たちは田口政夫(72歳)さんと出会いました。田口さんは東日本大震災の当時は仙台駅をねぐらにしていました。雪かきをボランティアした班もいました。それほど寒い時に出会いました。京都大学の学生たちはもっていたカイロを喜んで差し出します。学生たちの中から,神戸にも路上生活者がいるのかどうかと質問がありました。1995年の阪神・淡路大震災以降,東遊園地(神戸市役所隣)で生活していると言うと,機構で炊き出しをしようということになりました。2014年4月以降,休まずに継続しています54)。居住する権利も脅かされています。ホームレスです。“ホームレスとは家がないというだけではありません。見捨てられ,臨まれず,愛されず,面倒をみてもらえない”,とマザー・テレサは来日の際,語りました55)。○○レスというのは,○○がないという意味です。「路上で生活をしている人」は,家族,身寄り,親戚もないファミリーレスでもあります。つまり人と人の関係が切断されて,孤独なのです。三つ目に希望がないホープレスです。路上生活者はホームレス,ファミリーレス,ホープレスの三重苦と筆者は定義づけしています。機構も週一回だけの炊き出しです。定期的に携わる楠元留美子さん,村上裕隆君たちは,「路上で生活をしている人」から感謝のねぎらいのことば「ありがとう」を言われなかったからと一喜一憂しません。なぜなら21食(一週間一日3食)の内,一食だけをお持ちしているにすぎないからです。「おいしい」と言ってもらいたいの気持ちが少しでもあるなら偽善です。ボランティア道に仕える者はたった一食を提供しているのに思い上がってはなりません。公園で共食して,苦しみの分かち合いをします。野宿者は生活保護を受けるように行政からすすめられます。そして月12万円の生活費が支給されます。ただしハローワークなどに出かけて,仕事につくことが条件です。ところが常雇いの仕事などありません。せいぜい長くて一週間の仕事がやっと見つかるくらいです。「官」から,「ちゃんと仕事をするという条件で生活費を支給しているんだ」,と厳しく言われるうちに,口うるさい行政から生活保護などいらないと思うようになります。日雇い労働者(カン拾い,廃品の識別,開店割引商品の並びなど)として,「路上で生活をしている人」にならざるを得ないのです。阪神・淡路大震災以降,神戸でも少なくとも20-30人の路上生活者がおられます。ところが美観が損なわれることを理由に,行政は文句,脅し,いやがらせで路上生活者に迫ります。機構も神戸市役所に何度も陳情に行ったため,いやがられました56)

 c. 石の叫びに敏感な生き様 
「現在の苦しみは,将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると,取るに足りないとわたしは思います」,とパウロの生き様は,「現在の苦しみ」(パセィマタ pa,qhmaパセーマの複数形〈受動的に経験する事柄,特に苦しい経験,つらい経験,苦難〉の意スムパスコーsumpa,scw <su,n「共に」+ pa,scw 「苦しみを受ける,苦難を経験する」)「共苦する」の名詞形 パトスの類義語)から出発します(ローマ 8:18)57)。17節は次の通りです。「もし子どもであれば,相続人でもあります。神の相続人,しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら,共にその栄光をも受けるからです」。
「石の叫び」に対する共感は,共に苦しむことを伴います。そのことをキリスト教倫理の大家ゲルハルト・リートケ[1937-]は的確に定式化して次のように言われました。「被造物とのわれわれの連帯は,共通の苦しみの連帯だけではなく,より弱い者の苦しみを共にし,それを和らげることのうちにも存在することが,示される」,と54)
世界最貧国ネパールにはおびただしい孤児がいます。神戸国際支縁機構の「縁」は,そのような水準の「共苦」とつながっています。「共苦」はまた,「苦縁」でもあります。「みなしごや,やもめが困っているときに世話をし,世の汚れに染まらないように自分を守ること,これこそ父である神の御前に清く汚れのない信心です」 (ヤコブ 1:27)。それは泣き寝入りを意味しません。そこには神への絶大な信頼が込められています。ともするとキリスト者は,原発ピカドンの被災者に対しても,「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え,主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」,と「主は与え,主は奪う」方だと泣き寝入りする傾向があります(ヨブ 1:21)。しかし,ヨブを襲った災難はヤハウェが与え,奪ったのではなく,サタンがなしたことをヨブは知らずに述べた判断だと,旧約聖書学者勝村弘也先生は説き明かされています58)。気をつけないと知らないまま聖書観がずれているのです。「ただ信ぜよ」では困るのです。宮城学院女子大学の新免貢教授も“行儀良さという意味での「ディーセンシィー」(decency)を身につけているとされている支配体制側は,利害に反する言説に直面した時,「ディーセンシィー」を基準としてこれを抑圧することもあると注意を喚起されています59)。新免先生は,イザヤ 40章の見直しについて次のように言及されています。「肉なる者は皆,草に等しい。永らえても,すべては野の花のようなもの。草は枯れ,花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ。この民は草に等しい」に出ている内容は,人のいのちのはかなさと受け止められがちです(イザヤ 40:6,7)60)。しかし,アラム語訳のタルグームでは「すべて邪悪な者たちは草のようだ」と訳されています61)。ハーヴァード神学校クリスター・ステンダール神学教授 [1921-2008]はアラム語訳のタルグームを支持されています62)。そこには,「小を侮れば大は必ず滅びる」という人類の経験知と神への信頼が込められているのです。ところが,日本の為政者も邪悪な行為をしていても,現行の経済成長,失業率減少,就活有利の数字を巧みに宣伝し,民を誤導しています。成長至上主義から脱却しないと日本は取り返しがつかなくなります。ゼロ金利,ゼロ成長,ゼロインフレであることを忘れてはいけません。グローバリゼーションを追い求め,海外における安い労働力,資源獲得,原発輸出といった成長戦略も限界に来ています。そのことを認めない指導者をもっている日本の将来が不安です63)。 フランスの哲学者ミシェル・フーコー[1926-1984]は「人間の人間学的状況が,つねにその〈歴史〉をさらに劇的に盛りあげ,より危険のあるものとし,いってみれば,〈歴史〉をそれ自身の不可能性に近づけようとし続けていることに気づくに違いない。そうした境界にまで達した瞬間,〈歴史〉はもはや停止し,一瞬その字句のうえで身を震わせてから,永遠に不動化するよりほかなくなるのだ」,と歴史の終焉の予言があたらないことを願うのみです64)。前述の永井隆医師は著述『長崎の鐘』の中で,「浦上が選ばれて燔祭[ホロコースト 筆者加筆]に供えられた事を感謝致します」「平和の光さし出づる八月九日,此の天主堂の大前に焔あげたる,嗚呼大いなる燔祭よ!悲しみの極みのうちにも私たちはそれをあな美し,あな潔,あな尊しと仰ぎみたのでございます」,と「神の摂理」として被ばくを甘受するように,長崎の民に従順に受け止めるように語りました65)。ローマ・カトリック教会では,摂理という教義は不可触のものです。疑う者は救われません。永井は,1945年11月23日,浦上カトリック信徒代表として『原子爆弾死者合同葬弔辞』を読み上げました。“原爆は摂理だ,神のおぼしめしだ,犠牲者はいけにえの子羊だ”,と祈りました。怒りのヒロシマに対して,祈りのナガサキと言わしめるきっかけになりました。一方,作家の石牟礼道子[いしむれ 1927-]さんの『苦海浄土――わが水俣病』について,宗教学者島薗進先生は『こころをよむ NHKシリーズ』で叙述しています。“作者は,「安らかにねむって下さい」というような言葉は,生者による欺瞞のための言葉ではないかと問うています。「釜鶴松の死につつあったまなざしは,まさに魂魄この世にとどまり,決して安らかになど往々しきれぬまなざしであった」と。そのまなざしを思うと「わたくしは自分が人間であることの嫌悪感に,耐えがたかった」”と66)。人々の苦しみを神の摂理とすり替えない描写の方に「共苦」を体感できます。
1981年2月25日,ローマ法王ヨハネ・パウロ二世は「戦争は人間の仕業です」と語り,神の摂理ではないことをヒロシマで語りました。永井隆とヨハネ・パウロ二世のどちらが正しいか,祈りのナガサキと怒りのヒロシマのどちらに組みするかという発想をやめることが筆者の論考の一貫した見方です。アメリカ合衆国の福音派の中には,シリアで何万人も殺されているのは神の摂理なんだ,とみなすネオコン的キリスト者もいることを忘れてはいけません。
社会学者村田充八先生は,ウルリッヒ・ベック[1944-2015]の『危険社会―新しい近代への道』について再解釈しています。「『危険社会』に生きる人間が,その社会的な危機に対してあまりにも楽観的であるということである。言い換えると,『危険社会』のなかに生きる人間は,その存在の根底に横たわる危険姓に,またそのようなものをつくり出した人間の本質に,まったく気づいていないということでもある」,と警告されます67)
「無関心」という危険社会にあって,「疑う者は救われ,信じる者は救われない」真理契機を黙想しましょう。時代状況を見つめ,熟考し,なすべきことを実践していく皆さんの思いは,福音として,貧困であえぐ孤児たちや痛めつけられた人々の心に届けられるでしょう。貧困であえぐ孤児たちと共生,共苦,苦縁の生き様こそが「キリストの手紙」なのです。それが福音です。

出典

1)『三つの石で地球がわかる』(藤岡換太郎 講談社 2017年 93-94頁)。
2)『石巻日日新聞』(2017年6月2日付),『牡鹿新聞』(2017年5月26日付)。
3)『恩恵の光と自然の光』(春名純人 聖恵授産所出版部 2003年 79頁)。
4)茂木健一郎はで“自分の脳の中の神経細胞の活動を見渡す「小さな神の視点」はもっている。私たちの意識は,脳の中の神経細胞の活動に対する「小さな神の観点」として成立している“,と神は超越論的存在ではなく,人間の脳の中に,神が棲んでいると言う『脳の中の小さな神々』(柏書房 2004年 259頁),『なぜ,脳は神を創ったのか?』(苫米地英人 フォレスト出版 2010年 35頁)。
5)『ゲーデルの哲学』不完全性定理と神の存在論(高橋昌一郎 講談社現代新書 1999年 214頁)。
6) Time to Stand Up  by Richard Dawkins,  “Religion’s Misguided Missiles,” appearing in The Guardian on September 15, 2001『神は妄想である―宗教との決別』(リチャード・ドーキンス 垂水雄二訳 早川書房 2007年)の著者,生物学者のドーキンス[19411-]は「私のアブラハムの宗教に対する敬意は,9月11日の煙と息を詰まらせるような砂埃の中で吹き飛んだ」My respect for the Abrahamic religions went up in the smoke and choking dust of September 11th. The last vestige of respect for the taboo disappeared as I watched the “Day of Prayer” in Washington Cathedral, where people of mutually incompatible faiths united in homage to the very force that caused the problem in the first place: religion. It is time for people of intellect, as opposed to people of faith, to stand up and say “Enough!” Let our tribute to the dead be a new resolve: to respect people for what they individually think, rather than respect groups for what they were collectively brought up to believe.
7)『新約聖書ギリシア語精解』(W.バークレー 滝沢陽一訳 日本基督教団出版局 1970年)。否定を表す接頭辞「ア」がついて,「アストルゲー」。「無知,不誠実,無情,無慈悲です」(ローマ 1:31)の「無情」;“Enhanced Strong’s Lexicon”James Strong Woodside Bible Fellowship 1995。
8)『家族喰い―尼崎連続変死事件の真相』(小野一光 太田出版 2013年 13頁)。
9)『暗い時代の人間性について』(ハンナ・アーレント 仲正昌樹訳 情況出版 2002年 22頁)。
10)”ホンネスト”(ゼクシィ編集部実施調査 2015年8月)。
11)『沈黙の世界』(ピカート 佐野利勝訳 みすず書房 1976年 108頁)。
12)『西日本新聞』(2017年4月16日付)。
13) 『寄付白書2013』(特定非営利活動法人「日本ファンドレイジング協会」政府[内閣府:税制調査会])。2012年の個人寄附総額は6,931億円。
14) “Systematic Theology”Vol.1 (Tillich University Chicago Press 1955a  p.379)。ティリッヒは彼の思索活動において,信仰義認論の拡張を要請し,罪人のみならず懐疑する者も義とされるという再解釈へ導いた。これが「懐疑者の義認(Rechtfertigung des Zweiflers)」と呼ばれる思想である。信仰は「否」の不安にもかかわらず「然り」と言う。神学者パウル・ティリッヒ[1886-1965]は,「信仰は懐疑の「否」と懐疑の不安を除去しない」と言う。人間が持ち合わせている本質的な疑い,「こんなに悪が許されているのに,神はいるのか」などの「疑い」についてティリッヒは「懐疑者の義認」と考えました。「疑う」者も罪人と同じように義とされる(Rechtfertigung des Zweiflers)と解釈したのです。良心に基づく懐疑は赦され,悪意に基づく懐疑は赦されないともティリッヒは述べました。
15) 第1次東北ボランティア報告書 神戸国際支縁機構 http://kisokobe.sub.jp/event/22/。
16)『朝日新聞』 (2012年3月17日付 東京大地震研究所の都司嘉宣准教授が計測)。亀山紘「東日本大震災における死」(「『死』を考える」講座 神戸新聞会館 2012年4月23日)。
17)『神戸新聞』夕刊(2016年11月20日付)。
18)『石巻かほく』(2017年3月8日付)。
19) 『人は皆「自分だけは死なない」と思っている ――防災オンチの日本人』(山村武彦 宝島社 2005年 75頁)。
20) 〃 (37頁)。
21)『朝日新聞』 天声人語(2017年5月29日付)。
22) 拙稿『目薬』 №24 2001年 7頁参照。
23)『交わり』No.589 (水垣渉 キリスト教と自然観―〈自然〉を聖書的伝統から考え直す試み― 2015年 3-4頁)。
24) 拙論「キリスト教とボランティア道」―水平の<運動>から,垂直の<活動>に―(第26回宗教者災害支援連絡会 東京大学本郷キャンパス 2016年)。
25) 拙稿『支縁』No.10(4頁 神戸国際支縁機構発行 2015年2月),『NHKスペッシャル』防潮堤400㌔ 2015年5月30日放映。
26) 『キリシタン南蛮文学入門』(海老沢有道 教文館 1991年 158頁)。
27) ヘブライ語!yBビィーン「識別する」 have  discernment  insight  understanding.
28)『機械と神』(ホワイト 青木靖三訳 みすず書房 1972年 88頁)。
29) 拙稿「ただ衣食あらば足れり」『中外日報』(2013年5月21日付)。30)『二十世紀神学の形成者たち』(笠井恵二 新教出版社 1993年 23頁)。
31)『キリスト者の自由・聖書への序言』(マルティン・ルター 石原謙訳 岩波文庫 1949年 52頁)。
32)『SOWER』(岩井健作“弱者に対する聖書の視点”日本聖書協会 2009年 8-9頁)。
33)『宗教とは何か』(田川建三 大和書房 1988年 315頁)。
34)『ルカ福音書における貧者と富者』(嶺重淑 神学研究 関西学院大学神学研究会 2003年 35-36頁)。
35) 拙稿「第3次バヌアツ報告 2017年3月」http://kisokobe.sub.jp/international/9878/
36)「学生生活実態調査の結果報告書」(東京大学 第62回 2012年調査 2011年12月発行)。
37)「国民生活基礎調査の概況」(厚生労働省 2016年7月12日 平成27年版(2015年版)の世帯平均所得)。
38)「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省 2017年2月22日公表)。
39)「『ボランテイア・福祉・宗教』で対話集会」岩村義雄×釈徹宗×木原活信『キリスト新聞』社主催 賀川記念館 2016年10月1日。
40)『朝日新聞』(2015年11月8日付)。
41)『沖縄タイムス』(2017年6月1日,2016年1月30日付)。
42) 拙稿 「第1次イタリア・ボランティア報告」(神戸国際支縁機構 2017年6月)。ウィキペディア イタリア中部地震2016年8月https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E4%B8%AD%E9%83%A8%E5%9C%B0%E9%9C%87_(2016%E5%B9%B48%E6%9C%88)
43) 月刊『FACTA』(纐纈一起,大木聖子 2013年2月号 LIFE)。
44)『日本経済新聞』(2011年5月8日付)の誤報。
45) Finding meaning in the changing face of matter Lucas Whitefield Hixson DAILY KOS 2011年12月18日付。
46)『七三一部隊――生物兵器犯罪の真実』(常石敬一 講談社現代新書 1995年 92-133頁)。
47)『日本カトリック醫師會々誌』(2012年 11月 No.51 113-114頁)。
48)『祈りとして文芸』(大田正紀 西部中会文書委員会 2006年 47頁)。
49)拙稿 「第1次第1次ベトナム・水害ボランティア報告」(神戸国際支縁機構 2016年11月)。
50) 拙稿「アウグスティヌスの生涯と信仰」(KBHセミナー 2005年8月2日)。
51) Novum Testamentum in Vetere latet, Vetus in Novo patet「ノーブン・テスタメントゥム・イン・ヴェテレ(old)・ラテト(hidden 隠されている)・ヴェートゥス(old)・イン・ノヴォ・パテト(come to light 明らかにされる) 」と述べました。Quaestiones in Heptateuchum 2, 73)。
52)「神の子」(法医学人類学者リチャード・ニーブ BBCドキュメンタリー 2001年)。
53) 「小さくされた人々のための福音」講座(神戸国際支縁機構 2004年11月から 勤労会館4階)。
54)『苦縁』(北村敏泰 徳間書店 2013年 187頁)。
55) 拙論「福音とは何か」(礼拝説教 神戸国際キリスト教会 2014年9月21日)。
56)「社会的弱者と『縁』を結ぶ」 『中外日報』(2014年7月4日付),「炊き出し」(楠元留美子 『支縁』No.10(1頁 神戸国際支縁機構 2015年2月)。「炊き出し」神戸国際支縁機構のホームページ参照。
57)『愛―マザー・テレサ 日本人へのメッセージ』(マザー・テレサ 女子パウロ会 2003年 51頁)。
58) 拙稿「神戸市カン条例について」『中外日報』(2014年7月4日付。ラジオ関西 2014年8月1日。
59)拙稿「共苦」(『朝祷』2014年10月1日付)。
「苦しみ」(パセィマタ pa,qhmaパセーマの複数形〈受動的に経験する事柄,特に苦しい経験,つらい経験,苦難〉の意。文脈の17節のスムパスコーsumpa,scw <su,n「共に」+ pa,scw 「苦しみを受ける,苦難を経験する」。pa,qhmaパセーマとpa,qojパトスは類義語。
60)『生態学的破局とキリスト教』(ゲルハルト・リートケ 安田治夫訳 新教出版社 1989年 217頁)。
61)『ヨブ記解釈の諸問題』(勝村弘也 基督教学研究第26号 2006年 4,5頁)。
62)『宗教と暴力,そしてディーセンシィー』(新免貢 宮城学院女子大学研究論文集 2016年 15頁)。
63) 同 (16頁)。
64) バビロン捕囚頃よりユダヤ人 のなかには聖典の言葉である古代へブライ語を解するものが少くなったためユダヤ教の聖典 (旧約聖書) のアラム語訳をいう。バビロン捕囚頃よりユダヤ人のなかには聖典の言葉である古代へブライ語を解するものが少くなったため,会堂での祈祷に際して,会衆の理解のため祭司の読むへブライ語原典をアラム語に訳することが行われた。翻訳は,2世紀のエジプト人の改宗ユダヤ教徒オンケロス Onkelos による。したがって,正式にはタルグーム・オンケロスと呼ぶ。単にタルグームというと,タルグーム・オンケロスを指すことが多い。
65) クリスター・ステンダールは,ローマ3章22節において,「イエス・キリストを信じる信仰」によって(口語訳)と訳されてきた dia pisteos Iesou Xristouという句も,「イエス・キリストの信実によって」と訳することが可能とされ,それはまた「神の契約に対する忠実としての義が,イエス・キリストの信実(pistis)によって(顕された)という意味をもつとされる。これもまた主格的か目的格的かが論議される中心的な属格表現である。『パウロ解釈の新視点についての一考察―ルター神学の立場から』(橋本昭夫 『福音主義神学』46号 2015年 81頁)。
66)『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫 集英社新書 2014年 196頁)。
67)『言葉と物―人文科学の考古学―』(ミシェル・フーコー 渡辺一民・佐々木明訳 新潮社 2012年 278頁)。
68)『長崎の鐘』(永井隆 サンパウロ 1995年 143,146,148頁)。「燔祭」hl’A[ オラー〈全焼のいけにえ〉は焼き尽くすので,煙が昇っていくことが特長。『セプトゥアギンタ訳』ではo`lokautw,mata ホロカウトーマタ 英語「ホロコースト」(ナチスによる殺りく)はギリシア語七十人訳聖書の「焼かれたいけにえ」が語源。
69)『NHKラジオテキスト』(島薗進「物語のなかの宗教」2015年1-3月 167頁)。
70)『キリスト教と社会学の間』(村田充八 晃洋書房 2017年 201頁)。

編集後記

今,プロテスタント,とりわけ福音派のキリスト教会の多くが戸別訪問や伝道で用いているトラクトやパンフレットにはどんな文字が印刷されていますか。
筆者も家内の病気を通して,聖書通読によって,ものみの塔の教理の間違いに気づかされました。はじめての牧師会に出席したときも,神戸の牧師たちから白い目で「こいつがあのサタンか」とにらまれました。筆者の過去を調べれば,調べるほどすねに傷かあると言いますか,顔が赤らむことばかりが出てきます。一方,キリストは調べれば調べるほど,まったく罪がない清いお方だと対照的な事実があります。30名以上の仲間と集団離脱したことも感謝です。今,牧会に携わっているメンバーも一人ではありません。
キリスト教界は,神道出身,仏教からの回心者と異なり,ものみの塔の前科者には厳しい世界です。筆者は1995年から2011年まで,クリスマスフェスティバル,神戸聖書展,日本プロテスタント宣教150周年記念の事務局など罪滅ぼしの気持ちで仕えました。
間違いについて恵みによって気づかされ,脱会して約30年近く経ちました。思わせられることがあります。ものみの塔と同じように,キリスト教会にも小さな石の叫びに対して「無関心さ」なのではと思わせられることもあります。
明らかに「ものみの塔」の信者の教理はまちがっています。
しかし,隣人愛を実践するキリスト教界の伝道用のトラクトなどには自己義の表現があります。たとえば,「ものみの塔(エホバの証人),モルモン教,統一協会とは一切関係がありません」「ものみの塔(エホバの証人),モルモン教,統一協会でお困りの方はご相談ください」という文言です。自分たちこそ正義であって,そんな輩と一緒にしないでくれとアピールしています。海外へ行ってみてください。アフリカなどで現地の人々が最初に手にする聖書は『新世界訳』聖書(ものみの塔聖書協会発行)が圧倒的に多いです。日本でも,王国会館へ毎週定期的に集う信者の数,求道者の数はキリスト教会を上回ります。世界最大の異端組織と言われています。彼ら独自の聖書は翻訳数が多いだけでなく,紙爆弾のように大量に出回っています。そんな誤訳だらけの聖書ですら,筆者たちのように,読んでみてキリストをまことの神として仲間達と教会の門をたたく者もいます。

岩村カヨ子 筆者の講演後 王国会館 1985年7月18日 Kayoko Iwamura

ものみの塔の内部にいて,伝道で疲れ果て,教えに疑いを持ち始めたとしましょう。しかし,そんなとき,「ものみの塔と関係がありません」という無慈悲なキリスト教会に愛を感じて,心を開くでしょうか。神が愛する方だと思うでしょうか。

「小さな石」の中には,霊的に「貧しい」者たちもいることを忘れてはならないでしょう。さらに,樋口進先生が『自然の問題と聖典』(関西学院大学キリスト教と文化研究センター キリスト新聞社 2013年)の中で,自然界全体が「共にうめき,共に産みの苦しみを味わっている」(ローマ 8:22)の現状も無関心に見過ごすことができない大きな課題と発題しておられます。人間と自然との関係はどうあるべきかも,「石の叫びに敏感であろう」に関係しています。今回は90分の講演のため,準備した原稿に網羅できなかったことを深謝すると共に次の機会に譲りたいと思います。
なお,原稿の表現のいたらなさ,誤字などを校閲してくださった村田充八先生,新免貢先生,土手ゆき子姉に心よりお礼を申しあげます。神戸国際支縁機構の戦友であり,同士でもあられます。本田哲郎司祭はセミナーを通じて,解放の神学を導いてくださり,本稿の導線となりましたことを感謝しています。神戸国際支縁機構の理事であられる水垣渉先生,白方誠彌先生が弱者のための働きを常に見守ってくださることが被災地でのゴキブリ道の安全弁になっています。
最後に,昨年10月17日に亡くなった妻岩村カヨ子のおかげで,国の内外において貧しさのゆえに叫ぶ小さな石である孤児たちを訪問できています。さらに,「カヨ子基金」を通じて,教育費を支縁できる恵みをパートナーであるカヨ子と共に喜びたく,手を合わせます。
2017年6月24日
岩村 義雄

キリスト教の弔い―現代問われている死生観 (英文付) Mourning way of Christian

日本「祈りと救いとこころ」学会
The Japanese Society for The Study of Prayer, Salvation and Heartmind
“Mourning way of Christian – Asked recent view of life and death”

2016年11月12日(土) ホテルメトロポリタン3F 富士の間

日本「祈りと救いとこころ」学会 第3回目 2016年11月12日
日本「祈りと救いとこころ」学会 第3回目 2016年11月12日

⇒ 『クリスチャントゥデイ』(2016年12月15日付) 新庄 れい麻

日本「祈りと救いとこころ」学会 割当 2016年11月12日

日本「祈りと救いとこころ」学会 割当 2016年11月12日

The Japanese Society for The Study of Prayer, Salvation and Heartmind
“Mourning way of Christian – Asked recent view of life and death”

2016年12月11日  撮影新庄れい麻  Pastor Yoshio Iwamura

 完全原稿 ⇒ 「キリスト教の弔い―現代問われている死生観」 
Complete manuscript of  English ⇒ Mourning way of Christian – Asked recent view of life and death

「キリスト教の弔い―現代問われている死生観」 Pastor Yoshio Iwamura
2016年11月12日
神戸国際キリスト教会
牧師 岩村義雄

主題聖句:  創世記 50章10節 一行はヨルダン川の東側にあるゴレン・アタドに着き,そこで非常に荘厳な葬儀を行った。父の追悼の儀式は七日間にわたって行われた。

<序>
過去を否定して未来志向だけを語る欺瞞,生きていて儲けもん,死んだらおしまい。得することだけを強調して,損を言わない商法,「よく生きる」のみを説いて,死や「弔い」を排除する説法はインチキです。
東日本大震災以降,宮城県石巻市において家族を津波で失った方との出会いは宗教観,死生観,医療に対する見方を大きく変えました。「死」はオタマジャクシの尾がなくなるように,人が高齢,病気,事故でなくなるのもアポトーシス(細胞の自然死)機能の結果と生理学的に考えていた視座を粉砕しました。死者は津波で約2万人,震災関連死は3千人以上。そのうち,福島県では1800人で,地震・津波による直接死(1611人)を超えました。孤独死,孤立死,自殺で涙する人々に寄り添うのは「あなたはわたしの嘆きを数えられたはずです。あなたの記録にそれが載っているではありませんか。あなたの革袋にわたしの涙を蓄えてください」,とあるように涙の革袋として遺族の悲しみを汲み取るボランティアの活動でした(詩編 56:9)。
しかし,さらに私の死生観を劇的に変化させる出来事が起きました。先月10月17日の妻の逝去です。その2週間前には,教会で信者の葬儀を行い,被災地と同じようにご家族の方と共に抱擁して泣きました。
被災地で出会った方々や,友の死の涙と,自分家族の死は異なることに気付かされます。自分に死にきって,体力,財力,時間を顧みずのボランティア道を貫くことは一人称です。よしんば泥水の中で息絶えようと,一人称「I 自己」の死は自ら刈り取った結末です。妻の死は二人称「Youあなた」の死です。東北,ネパール,友の死は三人称「He,She,They他者」の死です1)。三人称の死も生老病死愛別離苦の「離別」の悲しみです。ところが,二人称の愛する配偶者の死はもだえる苦悩(spiritual pain)を体験します。利己,自己,自我から脱却してタコ(他己)の精神で共に生きてきた二人三脚による活動がついえてしまう。つまりもはや二人で乗り切る術が消滅してしまった悲壮感,寂寥感,孤独が襲います。

1月4日の腎盂癌の摘出を経て,順調に思えたのもつかのまです。

術後2日目 岩村カヨ子 Kayoko Iwamura

4月から痛みが家内に襲いました。兵庫県立がんセンターで5月末には治療の施しようがないと宣告され,余命も2,3日と聞いた時には狼狽しました。
生前,連れ合いの苦痛は休むところ知らず,24時間容赦なく家内を打ちました。家庭を顧みず,自由奔放に生きてきた私が責め苦を負うならともかく,弱い家内に激痛が臨みました。在宅ホスピスをしながら,7月に,カヨ子に「どうして……」と問われた時,代わってやることもできず,絶句するしかありませんでした。モルヒネに相当するオキシコンチン増量も鎮痛効果はありませんでした。とどまるところを知らず,やせ細っている妻をこれでもかと打ち据える神に,「なぜ私ではなく,弱い妻なんですか」と讒訴(ざんそ)しました。

163㎝の身長があるにもかかわらず,体重は32キログラム,骨の上に皮をかぶっているだけのありさまです。肉,脂肪,筋肉は見る影もありません。大腿骨に癌が浸潤しているのか,半年近く,さすり,気を紛らわすしかできない自宅に於けるケアでした。
かつて,ミルク療法で身につけたマッサージを毎日していた頃の肉付きはなくなっていました。不思議なことに,痩躯とは裏腹に,首から上の健常者を思わせる顔艶,しみやしわがほとんどなく,目鼻立ちがはっきりしています。訪問看護師は驚きます。死人と生ける者が合体したようでした。覚醒剤に相当する強力な増し加わる鎮痛薬を服用していたにもかかわらず,記憶力,意識,周囲に対する気づかいが弱ることはありませんでした。

親しい松浦和彦&和子夫妻 岩村カヨ子 2016年6月7日 Kayoko Iwamura

神がおられるならなぜ苦しみ,恐怖,不安を与えるのでしょうか。
末期がんで苦しんで世を去った妻は自然,とりわけ山里が好きでした。奈良県二上山(にじょうざん)の麓で育った家内は海が好きな私に言いました。「人間は元々エデンの園の森にいたのだから,山がいいわ」と常々旅行を願いました。10月17日に亡くなり,その夜,通夜をし,18日に葬儀をしました。20日には関空から韓国チェジュド(済州島)のフォーラムに出席しました。

チェジュド(済州島) 2016年10月21日 岩村カヨ子の写真 Kayoko Iwamura Pastor Yoshio Iwamura

世界遺産でもある自然が豊かな観光地です。自然を愛でた西行[1118-1190]が歌ったように,「花も枯れもみぢも散りぬ山里は寂しさを又問う人もがな」と。自然の絶景,移りゆく山並みの美しさ,旅情では別離の哀しさは埋め合わせることはできませんでした。
時間が経過すれば,離別の悲しみから解き放たれるのでしょうか。
「弔い」をする意義はあるのでしょうか。「弔い」が鎮めるのでしょうか。
身近な者の死を体験して日が浅いので,普通の論考とは異なり,「私」が多く登場することを最初にご了解賜りたく思います。

目次

(1) 死の定義
  a.日本人の死生観3
  b. 死の定義4
肉体からの霊魂の分離 プラトン
人間の死は人格的な死
  c. キリスト教とキリスト者の相違6
    否定の論理の欠落7
沸騰主義
    キリスト教会の終焉8
(2) 犠牲的な死
a. 何で私ばかりがこんな目に 妻への懺悔
    肉のとげ9
殺す者
b. 私は殺人者
    イサクの従順10
生 ⇒ 殺 ⇒ 死
c. キリストを殺す
共苦
    罪と罰11
夫婦は一体
    死んで生きる12
(3)  弔い
a. 遺体に寄り添うボランティア

    遺体13
b.「弔い」「葬り」を忘却してはいけない
    喪の期間14
自然の救済
    0葬15
    健康の定義16
c. 弔いとは魂の医療者の職分
    英霊17
    死の反対は命ではない18
復活

(1)  死の定義
 日本人の死生観
育てた養子孝太が東京から神戸に来て,10分もたたないうちに訪問看護師が私に血圧が下がっているといいました。私は脈がないので息があるか確かめました。今まで息をしていたのがなく,心臓も止まっていました。私は「死」について何を基準にするか,「みんなで『死』を考える会」会長であるにもかかわらず,配偶者の逝去を目の当たりにして,いつ家内は死体になったのかわかりませんでした。たとえば,死後何日間は爪や髪の毛,ひげも伸びます。昆虫少年であった私は同趣味の東京大学養老孟司氏が「機能が不可逆的に回復不能になる点」と定義していることに半信半疑でした2)
「後戻りできない死」(死の不可逆性)について養老先生が述べられる定義だけでは判断できません。
9月24日に,事故で母親が瀕死の状態だと教会のメンバーである母の息子から相談を受けました。聞いて見ると,心臓は動き,体温はあり,呼吸はしています。しかし,私は現代の祭司よろしく,「お母さんの脳幹が溶けていると医療が診断しているのだから,延命治療は無意味です」,と長男に申し上げました。神戸新聞会館で依頼された「『死』を考える」講座の第2回目で,淀川キリスト教病院名誉院長の白方誠彌講師が脳死による臓器提供の是非について話されたことを学んでいたからです3)。9月27日に通夜,28日に教会で葬儀を行い,私が司式をしました。

神戸国際キリスト教会葬儀  宮田綾子姉 2016年9月30日 Pastor Yoshio Iwamura

10月17日,三村和子看護師が,何時何分に妻が逝去したかは家族である私が決めることと言われました。その時間をその日の午後,訪問医師である池垣なつ院長は死亡診断書に記入したのです。

歴史書『()()倭人伝』によると,死は忌と穢れです4)。死後,人間は霊として存在するという日本的なアニミズム,有霊観があります。()み嫌う「()」は喪中でつつしんでいる一定の期間であり,忌が明けると言ったりします5)。お隣り,家の前に「忌」の貼り紙をし,葬儀から帰ると「清め塩」を身にふりかけます。聖書の中にも塩は清めの効能をもっています(Ⅱ列王 2:21)。日本人は肉体よりも魂を大事にします6)
仏教が渡来してからの西方浄土の十万億土という遠い彼方という発想ではなく,古代の人々は,できるだけ死者の世界を自分たちの世界と余り距離のない所に想定して,死者が自分たちの周辺にいると素朴に信じたようです。「先祖が草場の陰から見守ってくれる」とか,「そんなことではご先祖さんが,草場の陰で泣いている」,と言った表現はそのことをよく表していると思います。死を忌み嫌いながら,一方では,先祖の魂は身近に感じていたいという願いや気持ちを今も私達は引きずっているように思います7)
幼い時に昨日まで一緒に遊んでいた友が,こんもりした墓に埋められたことは「死」という現実を知る機会になりました。小学校へ行くようになってまもなくのことでした。その時は「死」とは何かを考える力はありませんでした。
今日,「0葬」を願う人が増えています。「0葬」とは火葬場から骨を持ち帰らない,散骨すらしないのです。遺骨を弔いの対象にしない究極の葬儀です。3.11以降,東北ボランティアにほぼ毎月訪問しています。宮城県石巻市の火葬場では遺骨の受け取り拒否ができません。関西以西は昔から部分収骨があるので比較的容易に拒否できます。関西では「0葬」と言いますと,喪主が一筆書けば,引き取らなくてもいいのです。散骨を願っても,「骨を捨てるのは乱暴だ」と言われ続け,悲嘆に暮れていた人々には「0葬」は朗報です。
葬儀,墓,宗教に関心が薄くなった日本では,たとえば墓参りはちゃんと励行していても,自分の菩提寺の名前,宗派すら即答できない人が増えています。終活ブームで,「戒名いらない」「墓いらない」「遺骨いらない」と言う人は自分なりの死生観が確立しないのです。「○○いらない」と言うのは,単に割切った考え方をしたいだけであることを,見抜かなければなりません8)
「歴史の中でわたしたちの時代である今,わたしたちは死者に対する心遣いをする(あるいはしない)そのやり方が激変している時を過ごしているのである。……死んだ者の体を,ふさわしい敬意をもって扱うことを忘れてしまった社会は,まだ生きている者たちの体をないがしろにしたり,痛めつけたりさえしたりする傾向のある社会なのだ。死者がどこへ行くのかについて,何も確かな希望を持っていない社会は,子どもたちの手を取って,希望に満ちた将来へと導いていけるという確信のない社会なのである」,とアメリカの説教学者トーマス・ロングは警告します9)
2010年,弟鉄男,なんでも語り合えた友戸村若文兄,親しかった川田祐二牧師の3人が逝去しました。妻がその年,2月8日にメラノーマ[悪性黒色腫]の手術に成功したものの,いのちの尊さ,死について今一度考えることを迫られました。

右 岩村カヨ子 2011年8月23日 村田洋三医師,山崎和子(旧姓 赤)看護師 Kayoko Iwamura

翌年,東日本大震災が3月11日に発生。3月21日に見た被災地の惨状は死生観を根本的に覆しました。遺族から「幽霊に会いたい」と言われて,宗教者として沈黙せざるを得なかったのです。どう応えるべきか悶々としている4月初旬に,神戸新聞会館から,「『死』を考える」連続講座を依頼されます10)。「みんなで『死』を考える会」が発足し,会長として現在に至ります。

b. 死の定義
 魂,理性が肉体から分離,「移行としての死」をプラトン[紀元前427-347]は説きました。プラトンは師であるソクラテス[紀元前469頃-399]の師について語りました。対話論『パイドン』の中で,師を「霊魂の身体からの分離」と描いています11)。一方,キリスト教は肉体と霊の対立を強調しません。ソクラテスが言うように,体は霊魂の牢獄ではなく,むしろ宮(神殿)であり,パウロが言うように聖霊の宮なのです(Ⅰコリント 6:19)12)
ギリシアの代表的な哲人ソクラテスの死とイエス・キリストの死をまず比較してみましょう。ソクラテスは毒を喜んで飲み干しました。死を少しも恐れていません。死を滅びとは思わずに,解放とみなしました。死は苦痛を意味しません。幸福な瞬間ととらえました。なぜならギリシア人の神であるアポロンのもとに行くことができるからです。悲しみの時ではなく,歌を歌って死を喜び迎えたのです13)
国際宗教である仏教が,日本に定着していくにつれ,土葬であった弔いを火葬に変えていきます。『続日本紀』は最初の火葬について記録。8世紀の僧侶道昭です。持統天皇は仏教徒として火葬されます。しかし,廃仏毀釈のため明治天皇から昭和天皇まで土葬で葬られています14)
聖書から人類父祖をひもとくとき,神はアダムとエバに是「善悪の知識の木」から「食べると必ず死ぬ」という戒めを与えました(創世記 2:17)。禁断の実を食べなければ,二人は死ななかったことになります。人間の死に神が介入することが最初から描写されています。人間の死は不慮の事故,病気,老衰などの自然死によるのではありません15)
創世記 5:24「エノクは神と共に歩み,神が取られたのでいなくなった」。
申命記 32:39 「しかし見よ,わたしこそ,わたしこそそれである。わたしのほかに神はない。わたしは殺し,また生かす。わたしは傷つけ,またいやす。わが手を逃れうる者は,一人もない」。
ヨブ 14:5  「人生はあなたが定められたとおり 月日の数もあなた次第。あなたの決定されたことを人は侵せない」。
詩編 90:3 「あなたは人を塵に返し 『人の子よ,帰れ』と仰せになります」。
人間の死は動物の自然死とは異なり,超越論的存在である創造者との関係性における「人格的な死」,と聖書は一貫して述べます。
したがって,アポトーシス[細胞死]による死の不可逆性と細胞学の視点からだけでは説明できない視座を提供しています16)
キリストの死に様はソクラテスと対照的です。イエスは叫ばれました。「わが神,わが神,なぜわたしをお見捨てになったのですか』と絶叫されました(マルコ 15:34)。旧約の預言の成就の証明の行程ではありません。超人,つまり地上に来る前に得ていた栄光の存在だからそんな痛みは乗り超えられると想起するのはまちがいです。文脈で,キリストの心情が吐露されています。「わたしは死ぬばかりに悲しい(ギリシア語ペリルーポス 「深く悲しんでいる,悲嘆にくれている」の意)」,と死ぬ程までの悲嘆に襲われている様です(同 14:34)。
キリスト者のことを証人という場合,「証人」(ギリシア語マルトゥース)は英語 martyr 殉教者の語源です。殉教者とは英雄的「死」ではなく,死に至るまでもだえ苦しんだことを示唆しています17)
クリスティアニスモス[キリスト教]と,クリスティアーノス[キリスト者]の相違とは死線,死の陰の谷,重篤の際に浮き彫りになります。歴代のキリスト教会は土葬の前に香を焚き,死臭を隠し,エンバーミング(死体整形―死化粧・防腐処理)に腐心しました。火葬は「死後の復活」を妨げるものとして,強く忌み嫌うイスラーム教ほどではないけれど,ローマ・カトリック教会も土葬にこだわってきました。バチカンにしても第2バチカン公会議[ラテン語 Concilium Vaticanum Secundum 1962-1965]まで土葬に執着してきました18)。教導権を有するローマ・カトリック教会は復活の時に,死んだとしても肉体そのもののよみがえりを信じてきました(Ⅰコリント 15:42)。骨など痕跡がないと復活の際,神は組み立てにくかろうと恐れたからでした。

c.キリスト教とキリスト者の相違

 「キリスト者」は初代教会ができる途上の時,地域の人たちから異端として蔑まれました。「見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は,丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで,弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである」(使徒 11:26),と。「キリスト者」(クリスティアーノスⅠペテロ 4:16)はユダヤ教から異端として迫害を受けました。
キリスト者としてキリストに追随することは死,殉教,迫害を覚悟しなければなりません。「キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆,迫害を受けます」(Ⅱテモテ 3:12)。火葬や,獣に喰われたり,肉体が朽ち果てようが,神の証人は埋葬について一義的にこだわることが大事ではありません。殉教した魂はどんな亡骸の状態であろうと神に覚えられているはずです。「『今から後,主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」“霊”も言う。『然り。彼らは労苦を解かれて,安らぎを得る。その行いが報われるからである』(黙示録 14:13)。また必ずしも教会に籍がなかったとしても,死は飲み込まれます。「アダムによってすべての人が死ぬことになったように,キリストによってすべての人が生かされることになるのです」(Ⅰコリント 15:22),と。
アブラハムが信じたように,「死者に命を与え,存在していないものを呼び出して存在させる神」(ローマ 4:17)なら,不可能を可能にできると宗教者は信じます。
コンスタンティヌス帝[コンスタンティーヌ1世 280頃-337年]以降は,迫害される側から180度変わっていきます19)。聖書にない「キリスト教」(クリスティアニスモス)という言葉が誕生します。「キリスト教」が歴史上,生殺与奪権を持つようになります。教会は考えを異にする者を無慈悲に排除,迫害,追放します20)。十字軍,異端審問,魔女狩りを行なう側だった歴史認識を否定してはいけません。組織温存のために異議を唱える者を抹殺した流血の罪をもっています。マザー・テレサは回心のための布教をせずに,インドの貧しい人々に仕えます。業を煮やしたバチカンはマザーの働きをやめさせるべく刺客を送り込んだのも一度ではありません。マイノリティーの方に真実があったゆえに,マザーに軍配が上がったのです。マザーの弟子は増えました。
教会が伝道して信者を増やしてきたことは歴史が証明しています。“the Great Commission”「あなたがたは行って,すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け」(マタイ 28:19)を旗印にしてきました。しかし,キリストは決して回心者を増やしなさいとは言われませんでした。弟子を増やしなさいと言われたにすぎません。西方教会,たとえば,ローマ・カトリック教会のイエズス会士フランシスコ・ザヴィエル[1506-1552]や,プロテスタント教会の福音派は未信者に原罪からの「救い」「永遠の命」「信仰」 を伝えました21)。人間救済が中心です。一方,仏教などは草木そうもく国土こくど悉皆しっかい成仏じょうぶつ[草木や国土のような心識をもたないものも,すべて仏性ぶっしょうを有するので,ことごとく仏となりうるという]自然界も救済の対象です。
キリストご自身はだれひとり改宗に導いておられません。つまり仏教信者や神社の氏子たちをキリスト者に回心させるようにはキリストは言われなかったのです。布教=神の意志の伝道スタイルから,人々に「仕える」=神の意志に立ち帰らなければなりません。Great Commandmentとは「隣人を愛しなさい」です(申命記 6:5,ローマ 13:8, ヤコブ 2:8, ガラテア 5:14)。同時に,「神は彼らを祝福して言われた。『産めよ,増えよ,地に満ちて地を従わせよ。海の魚,空の鳥,地の上を這う生き物をすべて支配せよ。』」(創世記 1:28)と言われました。自然界をどのように管理するか人間に委ねられました22)。キリスト教は神の慈愛,隣人愛を説く宗教と言われます。しかし,教会は考えを異にする群れ,宗派,人間を人間扱いをしないで排除してきたのです23)
したがって,キリスト教会に今一番求められているのは「悔い改める」(ギリシア語メタノエオー 「変化」+「考える」=「視座を変更する」)というキリスト教の歴史に対する「否定の論理」です(マルコ 1:15)。メタノエオー(新約に33回)や名詞形のメタノイア(同 22回)には,「罪を悔い改める」というより,因習,伝統,常識という固定概念から180度転換することを意味します。 超越論的存在と縁(religio=結び)もたない神道界,仏教界は,汎神論に依拠してきました。確かに自然の営みがもたらす安息はあります。しかし,生老病死愛別離苦について自然が絶対的救済につながるかどうか,冷徹な弁証法的否定はしてこなかったのではないでしょうか。一部を除いて,伝統的宗教,親鸞,聖徳太子のいずれもが「否定の論理」がありません24)。二番目に,「非寛容からの脱皮」です。とくに「キリスト教は神の愛や隣人愛を標榜する。しかし,現実には,宗教的迫害を躊躇しない」と神戸国際大学教授の近藤剛は述べます25)。三番目に,「ヒエラルキー清算」です。数合わせに腐心し,人数拡大による数字で一喜一憂する体質,宗教エリート帝国の統治体制に終止符を打つように,社会学者の村田充八が発題されるように,レフォルマンダ [ラテン語 reformanda 「改革され続ける」ではなく,「改革されなければならない」to be reformed]ことを宗教者は自覚すると同時に,実践すべきです26)
キリスト教は苦しみを体験することをすすめる宗教でしょうか。否,家族の不和,人生のどん底から這い上がれないみじめさ,裏切られたり,非寛容な自分の精神的苦痛から解放され,しあわせになることが福音の本質ではありませんか。神との平和からもたらされる『我と汝・対話』(マルティン・ブーバー 1878-1965)が言ったように「我と汝」の垂直の「活動」の関係があれば,試練を耐える道が備えられていることも確かです。御国の成就だからです27)
しかし,コンスタンティヌス帝[コンスタンティーヌ1世 280頃-337年]がキリスト教帝国を作りました28)。約1500年間,伝道による異民族支配,異教根絶,土着信心排斥により,拡張に次ぐ拡張により,増殖してきました。キリスト教は,恐慌,ペスト蔓延,紛争に傷ついた民にカンフル注射のように,神学で塗り固められた永遠なる慰め,アガペー愛,「逃れ道」も喧伝してきました。さらに音楽,建築様式,美術により宗教性で感情を高揚させてきました。だからこそ,世界最大の宗教人口を擁するほど膨張してきたと言えます。沸騰主義です。恥ずべきことに,偏差値の上昇に熱をあげる受験生のような未熟な独り善がり,無思慮な振る舞い,非寛容な排除による流血の罪で血塗られていました。「宗教」とは「聖なる事物(choses sacrées)に関連する信念と慣行のシステム」であり,「聖なるもの」とは,「集合的沸騰」effervescence collectiveという一種のエクスタシーから発生すると社会学者エミール・デュルケーム[1858-1917]は述べています29)。もし覚醒剤常習者のように,一時的な快楽,享楽,恍惚状態にある人がしあわせと定義するなら,子どもでさえ一時的なまやかしと識別できます。
現在,日本の多くの識者,政・官・財・学はなぜ宗教に硬化した態度を示すのでしょうか。既存の宗教が,「生きる」しあわせ,恩寵,感謝を強調し,「死ぬ」峻厳さ,苦悩,恐怖を忘却するようにしました。信者たちの思いから「弔い」についても形骸化,形式化,風化させてしまったことが宗教離れの最大の理由と言えます。
フリードリヒ・ニーチェ [1844~1900]はヨーロッパを支配するキリスト教道徳へ反旗をひるがえしました。「真理への信仰」や,自由主義,民主主義などの欺瞞性を告発しました。エリート宗教帝国が瓦解するように民を覚醒させました。キリスト教は「権力への意志」に根ざしているという断面図を白日の下にさらけ出しました。体制の旗手,擁護者,権益を受け取る側に属している限り,民衆の苦悩,とりわけ死別,高額な医療費,医療ミスなどに無感覚な方が安泰です。インフォームドコンセントからメイキングデスィジョンに移行したからとて,現代のバベルの塔である医療界,白い巨塔に抗えないのです。
「わたしたちは,多くの人々のように神の言葉を売り物にせず,誠実に,また神に属する者として,神の御前でキリストに結ばれて語っています」(Ⅱコリント 2:17)とパウロが語るように,「ただで受けたのだから,ただで与えなさい」(マタイ 10:8)という姿勢を忘れ,企業の営利体質と変わらない団体になっていないかどうか,常に,吟味していくべきです。
キリスト教界が数的拡大に腐心し,魂の医療への改革を怠れば,キリスト教会の終焉を目撃する証人になるでしょう。

(2)  犠牲的な死
a. 何で私ばかりがこんな目に 妻への懺悔
 妻の末期がんによる痛みは鎮痛剤の追加によっても追いつきませんでした。「『タリタ,クム』と言われた。これは,『少女よ,わたしはあなたに言う。起きなさい』という意味である」(マルコ 5:41),と。「わたしには金や銀はないが,持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり,歩きなさい」(使徒 3:6),と。「主はあなたのすべての不義をゆるし,あなたのすべての病をいやし」(詩編 103:3),と祈られます。
信仰者であるならば,友,仲間や家族の見舞は少なからず日々の生活において,オプションではなく,標準装備として頻繁です。牧師の妻であるならば日常茶飯事です。

左 岩村カヨ子 菅原洸人[2013年11月2日逝去]画伯を見舞う 2013年10月31日 Kayoko Iwamura
岩村カヨ子 入院姉妹を見舞う 2,012年4月6日 Kayoko Iwamura

 病んでいる人に,仕えてきたのに,今度は自分が体験するわけです。家内は「わたしがどうして……」と発しました。なぜなら「もしあなたが,あなたの神,主の声に必ず聞き従い,彼の目にかなう正しいことを行い,彼の命令に耳を傾け,すべての掟を守るならば,わたしがエジプト人に下した病をあなたには下さない」,と聖書に書かれている知識があるからです(出エジプト 15:26)。夫として,何よりも牧師としてどう慰めればよいのか狼狽しました。
私は牧師として失格でした。なぜなら家内が苦しみもがく中から発した言葉を包み込み,感情移入しませんでした。被災地の遺族に接するように,一緒に涙の革袋として受け取めなかったのです。牧師の性(さが)は哀れです。講壇から語るように聖書から,「痛み」のとげについて説明をしました。
一方,ボランティアで被災者から「幽霊でもいいから会いたい」「ごうの結果なんでしょうか」「因果応報のたたりですか」,とよく問われました。その度に,助言を与えたりせずに,寄り添い,共苦し,聞く側に徹していたのです。被災者,つまり三人称のHe,She,Theyに対しては,「ヨブのような信仰」,つまり神に全幅の信頼を置きなさいと求めることなど毛頭考えられません。ただただ感情移入[have a compassion with ~]の精神態度による冷静さ,落ち着き,慰めることに徹します。
二人称の「あなた」である妻はいたらない連れ合いをずっと支えてくれてきたのです。他の人が一人称の自分に祈ってくれなくても常に祈ってくれたのが妻でした。そんなかけがえのない家内に,痛みについて次のように聖書講義の説明をとうとうとしてしまったのです。
パウロは自分の身体の「とげ」(ギリシア語スコロップシュ「病気など甚だしい苦痛を与える肉体的障害」の意)が祈っても取り除かれなかったことがあります(Ⅱコリント 12:7)。そのときに「わたしは弱いときにこそ強いから」(10節),と私は家内を教えました。「弱い」のギリシア語はアスセノー(「病気である」の意)の時こそ(トテ 副詞「そのとき」「同時に」)「強い」(デュナトス 「力強い」ダイナマイトの語源)と説明しました。家内はいつものように澄んだ目で素直にうなずきながら聞いていました。実行に移すとは思いもしませんでした。訪問医師が2,3日の内に親族を集めてくださいと言われて,ずれて一週間後に東京から,実の子のように育てた孝太が来神。もう一歩も歩けない,寝返りも自分で出来ない衰弱した身体です。明石の玉子焼を食べさせてやりたいと,起き上がって車いすで行くことになります。寝たきりで過ごしてきたのに無謀でした。首がぐらぐらです。村上裕隆君が運転し,孝太と私で首と頭を支えて,5人で向かいました。レストランで玉子焼きを共食しました。
帰宅し,二人だけになった時,「死ぬほど苦しかったわ。けれど親らしいこと何もしてあげられなかったから,神戸に帰って来た孝太にせめて元気だと示して安心させたかったから……」,と苦痛で顔をゆがめながらも,私に言い放ちました。全力を出し切ったもぬけの殻同様の状態で,七転八倒していました。その夜,二人は一睡も出来ず,家内の浸潤した骨をさすりながら朝を迎えました。
牧師の家庭だから,夫婦はいつも模範的,理想的,信仰的なことばかり言ったり,行動しているとするなら,偽善です。怒り,苦悩の叫び,絶叫を素直に言い表せないなら人間性を喪失した欺瞞,世間体,愛の冷え切ったカップルです。
私が妻を殺しました。京都大学名誉教授の水垣渉先生が「聖書セミナー」で語られたことを自分が演じたのです。殉教者ステファノの最期の言葉にあるように「今や,……殺す者(フォネイース 複数形)となった」のです(使徒 7:52)30)。憎い相手ではなく,最も愛する者を「殺す」地獄を体験しました。

b. 私は殺人者

ボランティア活動に東奔西走する働きは二人三脚でした。どちらかが欠けても目標地点に到達できません。運命共同体です。配偶者,協力者,戦友でした(フィリピ 2:25)。二人で一人,「人」という漢字の表記通りです。息子や娘に先立たれ,嗚咽する親の悲しみの哀愁を帯びた旋律の波長と同じ旋律が妻の死後,途切れることなく,響いています。私が「殺し」た故に,一層いたたまれない空虚感,慟哭,闇が襲います。見るものすべて,カラーの色彩は消え失せました。モノトーン調です。「昼の十二時になると,全地は暗くなり,それが三時まで続いた」と,父なる神は御子の死を直視できませんでした。神の心情と同じように闇に覆われました(マルコ 15:33)。
パウロがステファノを殺す殺意,ダビデがウリヤを戦場で殺す殺意,モーセがエジプト人を殺した殺意は邪魔,敵意,怒りが駆り立てたものです。私の場合,妻に敵意はまったくありません。愛している者を殺さねばならない動機は皆無です。
モリヤ山で父アブラハムが自分に短刀で突きさす殺意を感じ取ったイサクは抵抗しませんでした。妻は牧師である夫の聖書釈義に抗いませんでした。イサクのように従順に受け入れました。恭順な精神態度です。「弱いときにこそ,私は強い」という権威,代言者からの言葉,一点の疑念も抱かない素直な姿勢です。だから寝たきりで末期(まつご)の水しか飲めない衰弱しきった身体で,力以上に,無謀にも車に乗り込みました。笑って写真に収まりました。
神はモリヤ山でイサクの代わりに「茂みに一匹の雄羊」を備えておられました(創世記 22:13)。アブラハムは「イサクを返してもらい」ましたが,神は家内を返してくださいませんでした(へブライ 11:19)。配偶者の身代わりはなく,「死」へ幕が閉じられることになります。

それから約3週間経て,痛みながら,<参照>岩村カヨ子は地上の命を閉じました。アブラハムは「イサクから生まれる者が,あなたの子孫と呼ばれる」と神から神託を受けたにもかかわらず,「あなたの愛する独り子イサクを……ささげなさい」とアブラハムは不条理な神から啓示で苦悩したでしょう(へブライ 11:18;創世記 21:12,22:2)。子どもを亡くした親が「親より先に死ぬほど親不孝はない」と号泣する場面を見聞きすることがあります。子どもを殺さねばならない親の気持ちは想像するだけで身の毛もよだちます。妻を私も殺しました。

 c.キリストを殺す

キリストが花婿であり,キリスト者が花嫁の聖書観は信仰生活の途上でだれしも共通に理解しています(黙示録 19:7,8)。今回,パラドックス,つまり逆転がありました。私に殺された妻はキリストと同じ体験をしたのではないかと,思えました。妻が花婿の立場に転換したのです。キリスト自身が苦悩を闇で呻きました。「キリストは,肉において生きておられたとき,激しい叫び声をあげ,涙を流しながら」叫ばれたのです (へブライ 5:7)。つまり「激しい叫び声」をあげたキリストように,花嫁である妻が主似化したのです。激痛,キリストと同じような「共苦」があった妻はしあわせだったのではないかと思えてきました。「もし子供であれば,相続人でもあります。神の相続人,しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら,共にその栄光をも受けるからです」,と神と一体になることができたからです(ローマ 8:17)。妻は「共に苦しむ」(ギリシア語スムパスコー スン「共に」+パスコー「苦しみを受ける,苦難を経験する」参照 マタイ 17:12, 使徒 1:3)。試練を忍耐したのです(Ⅰペテロ 2:6)31)
妻はキリストの苦しみ,悲しみ,十字架を味わうという精練の機会を得たのです。
「父なる神」は,最も愛する御子キリストを十字架で殺しました。憎しみがなかったにもかかわらず,最愛のイエスを殺しました。「殺す」とは血を流す行為です。「まだ,罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません」私に代わって,配偶者が血を流してくれました(へブライ 12:4)。「血を流すことなしには罪の赦しはありえないのです」(へブライ 9:22)。二人称の同労者が2016年1月4日,兵庫県立がんセンターでガン手術により,血まみれになって,私の罪を背負ったのです。
キリストは死にいたるまで従順でした(フィリピ 2:8)。二人称の「あなた」妻も死にいたるまで,一人称「私」に従順でした。そして妻を殺した私は,神のチムグルシー(胆苦しい)を受肉したのです32)
神ご自身が愛するわが子を殺され,葬ることにどれほど悲しまれたか,苦縁による直結です。妻を殺してはじめて神の苦しみを共有(ラテン語patī(=to suffer)「苦しむ」とcum 《奪格》「共に」を意味する前置詞 ⇒ 英語 compassion)することができるようになりました。つまり,「共苦」,一緒に苦しむことができるようになりました。
最愛の妻の死に様から感知し,神と一体の関係ができたことになります。
アイヌたちは,死の相対性を克服する術を身につけていました。アイヌは自分たちと同じビオス(bios)であるクマを殺すことによって,死と相対的な関係にある「有限の生」ではなく,死を超越してしまった「無限の生」を,自分たちの存在する世界,つまりアイヌモシリの中心軸に取り戻そうとしていたのです。死の相対性を克服するために,あえてビオスの死を演出し,そこに常在のゾーエー(zoë)を感じ取ろうとしていました,直観を体現していた感覚がわかるようになりました33)
人類はすべて殺人者です。思いの中で第三人称や第二人称に「あいつさえいなければ」と考えたりした時点で,すでに殺人者です。「しかし,わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は,最高法院に引き渡され,『愚か者』と言う者は,火の地獄に投げ込まれる」(マタイ 5:22),と。つまり,人類74億人,これまでの人類すべてが殺人罪を免れることは不可能です。一度罪を犯した場合と,何度も罪を犯した犯罪者はどちらが罰を免れることができるかと言えば,一度であろうと数度であろうと,罪は償わなければならないのです。歴史そのものがいがみ合い,傷つけ合い,殺し合いの繰りかえしです。殺人者は犯した「罪」ゆえに「罰」を受けねばなりません。地獄の責め苦はあります34)。なぜなら神は悪と共に同居することができない方だからです。罪を償うために御子キリストを罰するという手段を講じられました。「そこで,一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように,一人の正しい行為によって,すべての人が義とされて命を得ることになったのです」 (ローマ 5:18) ,と。
弟アベル殺しの実行者のカインのように,妻を殺すために私は生まれてきたのでしょうか。配偶者のいのちを否定して私は生きている悲劇,矛盾,悲惨さが生じたのです。 「それゆえ,人は父と母を離れてその妻と結ばれ,二人は一体となる」ように神によって結び合わせられた関係です(エフェソス 5:31;マルコ 10:9)。
「一体」の「人」であったのに,半分に切り裂かれました。「神が結び合わせてくださったものを,人は離してはならない」(マルコ 10:9)と命じられているのに,妻を殺すという悲劇を演じたのです。生きる力,共食,微笑み合う関係性は途切れました(創世記 1:24;マタイ 19:5,6)。2011年から津波で栽培ができなくなった宮城県石巻市で,「田・山・湾の復活」の米づくりを始めました。稲刈り,脱穀,天日干し,籾すりの行程で,穀粒が砕けてしまうときがあります。
砕けて半分になっても米粒の胚芽米の原細胞にいのちがあれば,発芽していきます。2014年4月18日,OCCカレッジで「キリスト教と非戦」の講義をした時,庭に咲いていた「からし種」の花から「種」をいただきました。団地の庭で,「からし種」は高さ2メートル以上に成長しました。キリストのそのたとえは最も小さな種が大きく成長することを意味しているのではありません(ルカ 17:5,6)。「いのち」があれば豊かに成長することを弟子たちに教えました。夫婦「一体」であった伴侶の「いのち」は,「一粒の麦の種」になりました。「はっきり言っておく。一粒の麦は,地に落ちて死ななければ,一粒のままである。だが,死ねば,多くの実を結ぶ」(ヨハネ 12:24),と。たとい種が半分になっても,「いのち」があれば豊かな実を結びます。砕けている種であっても原細胞から芽が出て,根を養うほどのエネルギーが備わる。それには期間が必要だと保田ぼかし(無農薬,有機による乳酸菌こやし)を教授してくださった保田茂先生は「農指導」で語られました。
神学者カール・バルトは釈義します。「播かれているもの[種子]が生き返るためには,一つの死滅(Sterben)を必要とする,と。この死滅がどうなっているか,したがって《フソーラ decay 腐朽性》,《アティミアinfamy はずかしめ》,《アオセネイア sickness 病気》―それらのものでわれわれば自分の現存在を終結させる。……それこそ死の暗黒であり,いかなる種類の光もそこに照らし入らぬ暗黒であることは疑う余地がない」,と35)
花婿であるキリストと花嫁であるキリスト者は「一つ」です(ヨハネ 17:22)。配偶者の亡骸はなくなっています。ここにはいません。しかし,死んではいません。キリストは「命を与える霊となったのです」とあるように,連れ合いも実は生きています。(Ⅰコリント 15:45)。≪動画参照≫死の反対は,生命ではなく,よみがえりです。「わたしは、お前たちの上に筋をおき,肉を付け,皮膚で覆い,霊を吹き込む。すると,お前たちは生き返る」(エゼキエル 37:6),と。

(3) 弔い
a. 遺体に寄り添うボランティア

日本では縄文時代には死体を曲げて土葬していました。弥生時代頃から貴族など高位の人々を古墳に葬ることがなされます。死者はケガレなので触れてはいけないという禁忌がありました。ユダヤ教でも「人の死体に触れて汚れた者たちがいて,彼らは,その日に過越祭を祝うことができなかった」,と戒律がありました(民数 9:6)。神社の場合,死はケガレです。「忌み嫌うもの」「不浄なもの」です。ですから神社は葬儀を行うお社(やしろ)がありません。いつしか戒めを守るために鳥居をくぐることまでが禁止というまちがった解釈も生まれました。6世紀に日本に伝わった仏教の場合,「死」はケガレではありません。葬儀を本堂で行ったりします。初七日,四十九日の法要を営みます。
葬儀を「荼毘(だび)に付(ふ)す」と言ったりする場合があります36)。キリスト教にしても遺族たちが遺体に寄り添う通夜があります。その前に湯灌,清拭(せいしき)をかつては家族がしていました。
故人の姿を何度も確認するのです。たとえば,末期の水も,死にゆく時だけではなく死後も行われるのは,遺体に対面してのお別れのあいさつです。弔問者も,掛けた白布をはずして死に顔を見てお悔やみを述べます。死に顔がよければ安らかな死であるとして残された生者も慰められます。あまりいい顔でない時にはあえて言及しないなどの作法もありました。死に顔の確認が,葬儀までの間に頻繁に行われてきました。時には死者が口や鼻から出血することも,故人を送る生者にとっては重要な事象であったりもしました。佐渡の外海府(そとかいふ)地方では,この状況を「アカガハシル」と言います。死者がこの世への思いが強いときに起こるもので,遺族はそれを思いやって供養することが大切とされました38)
かつての葬儀式は2段階ありました。自宅で出棺の儀礼の後,葬列を組んで,寺院や墓地で引導などの最終的な儀礼を行ないます。この当時,自宅だけで儀礼が完結しなかったのです。東北ボランティアで宮城県石巻市に行きますと,葬儀当日しか葬儀場を使いません。通夜までは自宅で行うのです。
自宅から出棺した後も,遺体に寄り添って葬列を行います。死者をあの世に送り出すために,供物や葬具を持って,行列をした光景をご覧になったことがおありでしょう。死者の世界とされる寺院や墓地において儀礼をし,死者を「あの世」に送り出します。つまり移動も寄り添いの過程でした(エレミヤ 9;16)。
納棺の棺は5万円くらいの価格です。2011年,棺が足りないというパニックを目の当たりにしました。あまりにも遺体が多いため,焼き場のボイラーを24時間燃焼し続けても追いつかず,故障してしまいます。石巻市行政は操業を中止しました。東北三県で最も被災者が多く,3千人以上の遺体処理に住民は困惑しました。雪が降る寒い時期とは言え,海水中の微生物によって,外観は性別が判断できないほど腐乱しています。
やむなく,遺族は仮埋葬として土に埋めました。日本は宗教オンチです。全国紙の辣腕の記者たちも例外ではありません。東北では土葬が復活していると報道見出しに踊りました37)
国立社会保障・人口問題研究所が将来の死亡推計をしています(1997年発表)。2005年は108万人であるが,2040年には160万人に達すると推計しています。八つの火葬場しかない東京23区で,2018年に5区内で14基(23区で54基),2033年には23基(同 87基)が不足しています39)。火葬場が足りないのです。
南海トラフ地震が起こるなら,犠牲者数32万人,全壊238万棟か,と『読売新聞』(2012年8月29日付)は報道していました。つまり圧倒的に棺の数が足りません。しかし,政・官・財・学,メディアのいずれもが,多数の遺体処理について対策を述べていません。ひとつにはなるべく「死」を考えないように,楽しく生きようというエートスが影響しています。私は,多量の遺体は高速道路に一時的に山積みするしか解決策はないと思っています。
1965年以降,通夜が告別式化して自宅以外で行なうようになっても,遺体への寄り添いを何とか維持しようとして自宅に搬送して死者との別れの時を家族が過ごすこだわりもだんだん過去のものになろうとしています。病院などの施設での死亡が増加します。1975年を過ぎますと,自宅における死と病院死が逆転していきます。寄り添いが重要視されなくなりました40)

b. 「弔い」「葬り」を忘却してはいけない

弔いの後,「喪」に服すこともなくなり,遺影,墓,位牌も何も残らない宗教的儀式の形骸化は,いのちのある社会ではありません。死んでいる社会です。主題聖句の喪に服す期間は「七日」と書かれています。「三十日」(申命記 34:8),「四十日」「七十日」(創世記 50:3)と悲しむ期間があります。別れは切り裂かれた者にとり,耐えがたい寂寥感が伴うからです。
たとえば,妻の葬儀は死亡から24時間弱の早い時に行いました。ユダヤ教徒も48時間以内に葬式と埋葬(土葬)をします。葬儀後にヘブライ語で「シヴアー」と呼ばれる喪の期間があります。シヴアーは埋葬後の7日間です。遺族は外出せず喪に服します。喪に服す期間があることにより,遺族はゆっくり慰められるのです。シヴアーの後にも「シローシーム」という埋葬後30日間続く服喪の期間があります。30日間,髪やひげを剃らなかったりします。死者に対する儀礼と考えます41)
プロテスタント教会の最大のアキレス腱は,「喪」の期間がないことです。御霊はすぐに天上に召されたと式文,讃美歌,説教で教えられているからです(ルカ 23:43)。
宗教儀礼について,日本では「供養」と「慰霊」を土付きの福音で考える思慮深さが必要です。供養とは,サンスクリット語のプージャー(pûjâ)の訳で,もともと「尊敬」を意味しています。ですから供養は自分のためにいのちを終えたものに対する手向け(たむけ)の儀礼です。対象は人間だけでなく,あらゆる生き物(例 鯨,魚,蜂),さらには人形,針,入れ歯といった物までが対象になります。供養が仏教用語であり,「慰霊」は神道用語です42)
神学者パウル・ティリッヒ[1886-1965]は,救済が人間中心主義的なものではないことを論じています。「自然,星と雲,鉱物と植物,動物と我々自身の身体を含む世界,創造されたもの全て」が贖われる対象なのです43)。キリスト者である田中正造[1841-1913]議員が述べたことにも共通しています。「山川草木の口ちなき手なき足なきものと何んぞ選バん。草木は人為人造ニあらず。全然神力の働きの此一部ニ顕わる結果なり。之れ何人ニも見易き神の御働きなり」,と44)。動物の自然死が,人格的な死ではないと退けるのは行き過ぎです。人間の医療のために,動物実験によって犠牲になった生き物の管理(スチュワードシップ)も軽んじるべきではないでしょう。
したがって,死んだペットを供養することも異教として退ける霊的心筋梗塞から卒業すべきです45)
キリスト者にとっては,供養,慰霊,喪は縁遠いのです。「祈り」「讃美歌」「祈念式」(仏教の法事に相当)になじみがあります。キリストの死,葬りから50日目(ペンテコステ)に聖霊降臨がありました。「舌のようなもの」を信者たちは体感します(使徒 2:23)。観念,哲学的思惟,学問でキリスト体験したのではありません。
蓮如[1415-1499 84歳]は「一文いちもん不知ふちの尼入道(学問の無い尼入道)なりといふとも,後世をしるを智者とすといへり」,と説きました。(『御文おふみ』または『御文章ごぶんしょう』五帖の二)。初代教会のキリスト自身,弟子たちも,名もない人々でした。(ヨハネ 7:15; 使徒 4:13  「無学な」(ギリシア語アグランマトスは“公認の専門教育を受けていない”の意 )“公認の専門教育を受けていない”の意 )。
「祈り」によって神,キリスト,死者と一体となっていたのです。イエス・キリストに一度も肉眼で合う機会がなかったにもかかわらず,パウロは,「イエスを見た」(Ⅰコリント 9:1)と告白します。
山折哲雄先生は,2012年,「『死』を考える」講座で「生の中の死」について話しました。著書の中で,マザー・テレサに会った時のエピソードについて触れられています。「毎日のように死を待つだけの人々を看取りながら,苦しまれることがあるでしょう。思うようにならないこともあるでしょう。看取りが順調に行かないことがあるでしょう。そういうときマザー,あなたはどうなさいますか」と尋ねられると,「そういうときには,祈ります」とマザーは応えました。
超越論的存在と我と汝の垂直の関係を強調しない仏教家にとっても「祈り」は有効な手段です46)
私が牧師になる決意をしたのは1993年,イスラエルでローマ・カトリック教会の修道院のエレマイト eremite 隠修者(単独者 神の前にひとりで立つのです)に出会ったことが契機でした。神の観照[Vision (Contemplation) of God]は,仏教の座禅に相当し,静寂の中に神体験をします。決して偉い人ではありません。人に認められなくてもいいのです。世からほめられなくてもいいのです。典型は東方正教会のキリスト教霊性と言えます。「ヘシュカズム」(ギリシア語の「静寂」)を獲得するために,人々は祈るために,呼吸法や体位法,いわゆる「心身技法」を実践します47)
「0葬」「直葬」「散骨」が流行る時代にこそ,宗教者は視座を転換しないと,「寺院消滅」どころか「宗教消滅」になります。
慰霊や追悼をどうするかを規定することは,行政が介入すべきことではありません。被災者を弔いたいという願いは自然であり,市民が自発的に執り行う種類の儀式になります。津波で命を落とした方の中には,新々宗教,伝統的宗教,無神論の方たちもいます。種々の死生観を尊重しあって,結び合うのを「官」が「民」に企画し,強要したり,排除すべきでもありません。
しかし,東日本大震災では宮城県仙台市青葉区葛岡墓園では身元不明の24人の遺体が,プレハブの建物の中にひっそりと置かれました。見届けたのは市職員ら12人だけ。お経も,祈りの言葉もない。仏教会から読経の申し入れがありましたが,市側は政教分離を理由に「市職員と宗教者が同席することはできない」と断ったと報じられています48)。「官」は,死者の供養よりも「政教分離」を優先しました。メディアや行政が意図的に宗教者を排除したことは不気味な予兆を感じさせます。
日本の戦前,戦中,戦後の宗教者は,とかく無垢というか楽観的すぎる傾向が否めません。たとえば憲法13条で「すべて国民は個人として尊重される」,と人権が擁護されていると金科玉条のように信じ切っています。日本で一番大事にされているのは国家でもなく,天皇でもなく,家でもなく,個人が尊重されて幸福になることだと宗教者は信心しています。さらに聖職者は「宗教の特別の意義を認めて信教の自由を保障し」と安心しています。教育基本法第15条1項に基づいて,社会生活における宗教の意義や価値を積極的に承認する立場をとっているという理由です。
しかし,供養,慰霊,追悼にしても政府の主導に従わなければ,できない兆候を注意深く洞察する賢さが必要です。米国のトランプ新大統領がたとえ聖書に手を置いてワシントンカスィードラルで宣誓するとしても,キリスト教国家にあるまじき貪欲,セルフィッシュ,競争原理の価値観がスピリチュアリティを凌駕しています。
現在,不確実性がどんどん大きくなっています。富をもてる人ともてない人の両極化になり,国境がとりはらわれ,液状化しています。人々はリヴァイアサンとしての国家の前に沈黙しています49)。宗教界,とりわけキリスト教会も多くの歴史的な弱さをもっています。なぜなら否定の論理が消失しているからです。
世界保健機関(WHO)憲章は,1948年,「健康とは,完全な 肉体的,精神的及び社会的福祉の状態」と3つの条件を定義しました。つまり「肉体physical」「精神 mental」「社会福祉 social well – being」です。しかし,1999年に健康の新たな定義として,肉体的・精神的・社会的だけでなく,「霊的 spiritual」にも良好であることを加えました50)。政教分離が過度に行きすぎた「官」では,スピリチュリアティについて拒絶してきた経緯があります。タブー視してきた日本の厚生省や学術会は「スピリチュアル(spiritual)」の適切な訳語も定まらないありさまです。
欧米では一般に患者の痛みを4つに分けて役割を分担して,接します。肉体的な痛み,精神的な痛み,社会的な痛み,霊的痛みです51)

c.弔いとは魂の医療者の職分

「霊的」とは,魂の医療の領域です。
患者の「身体的痛み」は医療の鎮痛剤によって緩和されます。やり残した人生の使命,過去の過ちに対する悔悟,人間関係に於ける不和などの「心の痛み」は家族との対話,エンディングノートへの書き込み,音楽,旅行,アニマルセラピーによって精神的,心理的にある程度癒されます。しかし,「魂の痛み,苦しみ」は現代の医療,福祉,家族では解決できないのです。魂の医療者である宗教者にのみ科せられた領域です52)
「死の恐怖のために一生涯,奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした」(ヘブライ 2:15),と。
神戸市垂水区に開業する河野胃腸科外科医院の河野博臣医師[1928-2013]は語られました。死に際に5つの恐怖が患者を襲うことを分析しました53)
①肉体的な死の恐怖と不安
②精神的な死の恐怖,たとえば,孤独,忘れ去られる不安
③家族,社会からの分離による恐怖
④宗教的な死の恐怖,たとえば罪責感
⑤  成就できないために生じる恐怖,やり遂げられない恐怖

スピリットに対するケアがなければ,真の意味での健康は確保されないことに気付くことが求められています。
あいまいなままにすると,曽根崎心中,特攻隊の人間爆弾,切腹を美化するエートスを受けつぎ,戦争が勃発する時に,日本人は主体性を失って一斉に崖から次々に落下する終末に向かって行くことになりかねないからです。靖国神社で英霊として祀られることが人生の終着駅となります。明治維新以降,松下村塾の吉田松陰[1830-1859]の影響で,和魂洋才となります。つまり,欧米文明に追いつけ,追い越せとマノマを追い求めます。しかし,西洋のキリスト教会のもつ死生観は無視しました。ところが,平田篤胤[あつたね 1776-1843]による国学を基底に神道を無理やりに国民に啓蒙しました。「ケガレ」「ハレ」の二元論から死の恐怖を乗り越える死生観について聖書観を模倣して,死後の救済観を説きました。天皇のために死ねば来世の命が天国にあると教えます54)。ちょうどイスラム国のコマンドが天国を信じてテロを行なう真理契機と通底するものがあります。
「弔い」,「喪に服す期間」,「永生者記念会」とは,観念,経済的恩恵,伝統ゆえに受けつぐのでしょうか。そうではなく,「人」が「人」であるために必要ないやしの期間です。遺族,恋人,友人にとり,偲ぶ機会は,「死」の反対を黙想,熟考する通路です。故人との縁,結びつき,死生観は生きる上で有益です。「死」の反対は命ではなく,「復活」です。「もし,わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば,その復活の姿にもあやかれるでしょう」(ローマ 6:5)。「あやかる」[ギリシア語 スムプシュトス「スン(共に)+プシュオー(植える)」の意]であるように,結ばれてひとつになったのです。
「葬儀」を省略して,「0葬」「直葬」「葬儀ビジネス」が好まれるのは,よみがえり,死生観,授かったいのちを無視している世相を反映しています。「戒名料は値切れるのか」「魂は死後も存在するのか」「お経を読む意味は」と宮城県石巻市渡波の被災地で問われることがありました。
「生きてなんぼ」「死んだらおしまい」「うまく生きる」面ばかりを強調する現代の潮流に,流される傾向が見られます。「死を排除して生をのみ求めようとする文化は,いつか滅ぶのではないだろうか」,との発題を無視せず,葬り,弔い,喪に服す期間をたいせつにして,復活を期待して死せる者と再会したいものです55)。「死ぬ日は生まれる日にまさる」(コヘレト 7:1)のです。

 <結論>
喪に服す期間period of mourningは生ける者にとり,意義があります。浮かれ騒ぎをする祝宴より,「弔い」「葬儀」「喪に服す」場所の方が価値あります。「弔いの家に行くのは 酒宴の家に行くのにまさる。そこには人皆の終りがある。命あるものよ,心せよ」(コヘレト 7:2)とあります。「弔い」[ヘブライ語 エベル「死者のための喪」の意]を軽んじてはなりません。なぜなら愛する人の「死」を忘れず,残された者がどのように生き様を示すべきか,また,甦りを確信する機会となるからです。
妻の死を看取ることができたことはしあわせでした。配偶者にこれほどの悲痛を味わわせることを望みません。むしろ自分が十字架を背負うようにできればどれほど楽か考えていましたが,キリストと同じように共苦した妻はなんとしあわせであったのかと安らかな死に顔から悟りました。
「最後の敵として,死が滅ぼされます」(コリント第一 15:26)と信じた私たち夫婦にとり,「死」の反対は「生命」ではありません。「死」の反対は「よみがえり」です。死者と再会できる摂理について宗教者だけが説くことができます。「この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが,それは,地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために,天から与えられる住みかを上に着たいからです」(コリント第二 5:4),と。「死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまう」のです。キリストの復活と私たちの復活の信仰によって,死と滅びの恐れ,不安から大きな希望と喜びに移し替えられるのです。そのことを記念するのがキリスト教の弔いです。

日本「祈りと救いとこころ」学会  出典

引照した聖句は日本聖書協会発行の『新共同訳』です。KCCカルチャーセンターの「『死』を考える」講座でご講義いただいた講師,水垣渉先生,島薗進先生,村田充八先生,白方誠彌先生,近藤剛先生の著作も大いに参考にさせていただきました。
とりわけ村田充八先生,土手ゆき子氏の校正に厚く御礼を申しあげます。

 1)『死』(ウラジーミル・ジャンケレヴィッチ 仲澤紀雄訳 みすず書房 1978年 29頁)。
2) 拙稿「目薬」誌 №25 2002年 4頁;『唯脳論』(養老孟司 青土社 1995年 49頁)。
3)「『死』を考える」講座(白方誠彌「みんなで『死』を考える会」2011年);『神戸新聞』(2011年4月28日付)。
4) 中国の歴史書『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条の略称。陳寿著 3世紀末(280年(呉の滅亡)- 297年(陳寿の没年)の間。「魏志倭人伝」に日本人(倭人)に関する最も古い記録があります。当時の日本の葬儀の様子が記されています。「十数日間死体を家の中に置く。その間家族は肉類を食べず,喪主は大声をあげて泣く。一方,親類,友人が来て飲食し,歌い,踊る。宴会は死者の肉体に魂を呼び戻すための呪術的な意味をもつ行事で,魂招(タマオギ)と呼ばれる。こうして十数日を過ごし,死体が腐敗し始めるとこれを土中に葬り,家人は死の穢れを水中に禊ぎして清める」。
5) 『広辞苑』(第六版 新村出編 2008年)。
6) 拙稿「『死』を考える」講座(「みんなで『死』を考える会」 2011年 神戸新聞会館)。
7)拙稿「聖書のことば」シリーズ第37回(神戸新聞会館 2016年)。
8)拙稿「現代の弔い」(聖書のことばシリーズ第35回 神戸新聞会館 2016年 2頁)。
9)『歌いつつ聖徒らと共に キリスト者の死と教会の葬儀』(トーマス・G・ロング 吉村和雄訳 日本キリスト教団出版局 2013年 31-32頁)。
10)『神戸新聞』(「『死』を考える」講座 2011年4月12日付)。
11)『パイドン―魂の不死について』 (プラトン 岩波文庫 1998年 34-37頁) 。
12)『現代の復活 霊魂の不滅か死者の復活か』(オスカー・クルマン 岸千年訳 聖文舎 1974年 33頁)。
13)拙稿「目薬」誌 No.25(2002年 6頁)。人間は神による特別な存在である。動物の 死は“自然死”であるが。だが,人間の死は神が介入する“人格的な死”。
14)『死の民俗学』(山折哲雄 岩波書店 1996年 172-176頁);『死を忘れた日本人』(中川恵一 朝日出版社 2010年 127頁)。
15)拙稿「目薬」誌 No.6(6頁)。
16)『アポトーシス 細胞死の機能と構造』(山田武共 日経サイエンス 1995年 92頁)。
オッペンハイム(R.W.Oppenheim)が明らかにしている。いわゆるdeath gene(死の遺伝子)の働きによって神経細胞死が起きるのである。Naturally occurring and induced neuronal death in the chick embryo in vivo required protein and RNA systhesis; Evidence for the role of cell death genes. (Dev. Biol. 138; 1990 p.104-113)。
17)『死と信仰』(柴田千頭男共 ルーテル学院大学神学セミナー編 1997年 99-100頁)。
18)『カトリック新聞』(2016年11月2日付)カトリック教会は死者の復活への信仰を告白し,体が人間のアイデンティティー(固有性)の不可欠の部分であることを確信。
19)拙稿「目薬」誌 No.34(2004年 1-13頁)。
20)『キリスト教 その本質とあらわれ』(エルンスト・ベンツ 南原和子訳 平凡社 1997年 227頁)。
21)拙稿「福音とは何か」(神戸国際キリスト教会 礼拝説教 2014年)。
22)拙稿「田・山・湾の復活」その二(季刊誌「支縁」No.3 神戸国際支縁機構 2013年 4頁)。「支配せよ」(創世記 1章28節)のヘブライ語ラーダーには,エゼキエル 34章4節には羊の群れを導くの意があります(NEB『新英語聖書』),『聖典と現代社会の諸問題』(樋口進共 キリスト新聞社 2011年 76,77頁)。
23)『キリスト教思想断層』(近藤 剛 ナカニシヤ出版 2013年 130頁)。
24)『日本思想史における宗教的自然観の展開』(家永三郎 創元社 1944年 85頁);『懺悔道としての哲学 田辺元哲学選Ⅱ』(藤田正勝編 岩波文庫 2010年 (拙稿「発足にあたり」(「憲法9条をノーベル平和賞に推す神戸の会」略称 推す会 2013年12月21日)。
25)『キリスト教思想断層』(130頁)。
26)「戦争と聖書の平和―歴史修正主義を貫く宗教的根本動員を問う」(村田充八 『宣教と社会』No.8 日本キリスト改革派教会 2016年 119頁)。
27)『我と汝・対話』(マルティン・ブーバー 植田重雄訳 岩波文庫 1979年)。「初めに関係があって私という存在をつくっているとするもので,関係を大切にした自己だ」「神の蝕(Eclipse of God)」― 神はどこに隠れてしまったのか?。
28)拙稿「目薬」誌 No.34(2004年 1-13頁)。
29)『宗教生活の原初形態』〈上〉(エミル デュルケム 古野清人訳 岩波文庫 1975年 389頁)。「ひとたび諸個人が集合すると,その接近から一種の電力が放たれ,これがただち彼らを異常な激動の段階へと移すのである」。
30)『《殺す人》(ホモ・ネカーンス―《いのち》をキリスト教的に考えるための一つの視点―)』(水垣渉 関西学院神学研究科 2011年)。「ホモ」は「人」,「ネカーンス」は「殺す」という意味の動詞「ネコー」(neco)の現在分詞。「殺人」「ホミキーディウム」(homicidium),「殺人者」「ホミキーダ」(homicida)。『ホモ・ネーカンス 古代ギリシアの犠牲儀礼と神話』(ヴァルター・ブルケルト 前野佳彦訳 法政大学出版局 2008年 Homo Necans Interpretation altgriechischer Opferriten und Mythen Walter Burkert Berlin 1997)。
31)拙稿「ボランティア道」(ラジオ関西 2015年1月9日)。
32)拙稿「田・山・湾の復活」(宗教倫理学会 関西大学飛鳥文化研究所・セミナーハウス 2013年8月27日);『荊冠の神学』(栗林輝夫 新教出版社 1993年 371頁)。「ちむ」は「胆」,つまり肝臓。「ぐるし」とは「苦りさ」「痛み」。
33)『縄文からアイヌへ 感覚的叡知の系譜』(町田宗鳳 せりか書房 2000年 116-117頁)。
34)拙稿「目薬」誌 №2~34 1996~2003年。
35)『死人の復活 第一コリント書第15章講義』(カール・バルト 山本和訳 新教出版社 2003年 173頁)。
山本訳を改正 《腐朽性》,《はずかしめ》,《弱さ》 ⇒ 《フソーラ decay 腐朽性》,《アティミア infamy はずかしめ》,《sickness アオセネイア 病気》。
36) 死体を焼き,残った骨を埋葬すること。パーリ語が起源の言葉だそうです。 釈迦が入滅した際に火葬を行った事から,仏教においては火葬が正式の葬儀の方法。
37)『現代日本の死と葬儀―葬祭業の展開と死生観の変容』(山田慎也 東京大学出版会 2007年)。
38)『毎日新聞』(2011年3月21日付);『時事通信』(2011年3月22日付);『朝日新聞』(2011年3月23日付);『東京新聞』2011年3月26日付)。
39)『現代葬儀考―お葬式とお墓はだれのため?』(柿田睦夫 新日本出版社 2006年 23-24頁)。
40)拙稿「現代の弔い」(「聖書のことばシリーズ」第37回 神戸新聞会館 2016年 8頁)。
41)『現代の死と葬りを考える』(中野敬一共 ミネルヴァ書房 2014年 166頁),『歌いつつ聖徒らと共に キリスト者の死と教会の葬儀』(同 109-110頁)。
42)『自然の問題と聖典』(樋口 進共 関西学院キリスト教と文化研究センター 2013年 50頁)。
43)“Nature, also, Mourns for a Lost Good”Paul Tillich The Shaking of the Foundations Charles Scribner’s New York 1948 p.77。
44)『田中正造全集』第11巻(岩波書店 1979年 330頁)。
45)拙稿「ペットの供養も大切」(聖書のことばシリーズ第8回 神戸新聞会館 2014年 2頁)。
46)『臨死の思想 老いと死のかなた』(山折哲雄 人文書院 1991年 169頁)。
47)『ギリシア正教東方の智』(久松英二 講談社選書メチエ 2012年 112-114頁)。
48)『伊勢新聞』平成23年5月15日;『苦縁 東日本大震災 寄り添う宗教者たち』(北村 敏泰 徳間書店 2013年 117頁)。
49)『リヴァイアサン』(1) (T. ホッブズ 水田洋訳 岩波書店 1992年);『地獄の辞典』(コラン・ド・プランシー 床鍋剛彦訳 講談社 1994年 309頁)。ウィキペディア レビヤタンは,旧約聖書に登場する海中の怪物(怪獣)。「ねじれた」「渦を巻いた」という意味のヘブライ語が語源。原義から転じて,単に大きな怪物や生き物を意味する言葉でもある。
50)大鶴 勝(「聖書と食べ物」第78回日本聖書協会聖書セミナー 2015年)。
51)『いのちの終末―死の準備と希望 (医療と宗教を考える叢書)』(アルフォンス・デーケン 同朋舎出版 1988年 17頁)。
52)「死への準備教育」(アルフォンス・デーケン 「サンケイ新聞」1987年8月12日付);『ルターと死の問題 死への備えと新しいいのち』(石居正巳 リトン 2009年 44頁)。ルターは『死への準備についての説教』(1519)を出版した。
53)『死の臨床』(河野博臣 医学書院 1989年 20頁)。
54)『近世と近代の通廊―十九世紀日本の文学』(朴鐘祐共 神戸大学文芸思想史研究会 双文社出版 2002年)。「人死なば形骸は土に帰り,其の霊性は(万古)滅ぶる事なく,必ず幽冥大神を承けて,天国に復命す」。
55)『死の比較宗教学』(脇本平也 岩波書房 1997年 83頁)。

水色