牧師コーナー

無に等しい者が選ばれる     反転している青文字をクリック,説明または動画

 蓮如(れんにょ)[1415-1499]は「一文(いちもん)不知(ふち)の尼入道(学問の無い尼入道)なりといふとも,後世をしるを智者とすといへり」と説きました。(『御文(おふみ)』または『御文章(ごぶんしょう)』五帖の二)。
 超教派ブレザレン教会は,お百姓さん,木こり,漁師のように肉体労働に従事する庶民の味方です。牧師は有能でなくても,雄弁でなくても,無学であってもいいのです。初代教会のキリスト自身,弟子たちも,≪参照≫ワルド派やブレザレン派の初期の指導者も名もない人々でした。(ヨハネ 7:15; 使徒 4:13  「無学な」ギリシア語 アグランマトス アグランマトスは“公認の専門教育を受けていない”の意 )。
 キリスト教会の「みょう好人こうにん(浄土教の篤信者)たちが集まってきた群れです。

 「兄弟たち,あなたがたが召されたときのことを,思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく,能力のある者や,家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが,神は知恵ある者に恥をかかせるため,世の無学な者を選び,力ある者に恥をかかせるため,世の無力な者を選ばれました。また,神は地位のある者を無力な者とするため,世の無に等しい者,身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです」 (Ⅰコリント 1:26-28 『新共同訳』)。

神の選びは常にメアット

 創造者である神は,民,人,共同体を選ぶ際,一貫した基準があります。
 2千年前も,4千年前も,「無に等しい者」 を選んでこられました。優秀,有能,権力ある者を選んだりはなさいません。イスラエルをなぜ選ばれましたか。

 「主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは,あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった」 (申命記 7:7)。

 「数が多かったからではない」 ではなんのことかわかりません。少数民族はいくらでもいたわけです。原語  メアットのコピー[ヘブライ語 メアット 「無に等しい,小さい,貧しい」の意]です。メアットは箴言 10章20節では,「神に従う人の舌は精選された銀。神に逆らう者の心は無に等しい」 と訳出しています。
 したがって,神が選ばれ,用いた預言者,指導者,使徒は無に等しい者たちでした。

 1995年3月7日から現在の教会が神戸市で産声をあげました。阪神・淡路大震災が襲った街の駅前などで福音(ふくいん)を語り出したのです。現在,香港に住んでいる福岡真悟&ウィルシーご夫妻が教会の初穂です。謙悟君,思織ちゃんを聖書に基づいて,柔和に育てておられます。帰国に際しては,礼拝で共に現在も福音を分かつ働きに従事している恵みを感謝し合います。宣教は,自分たちの教会に招くメッセージではなく,聖書に親しんでいただくことを訴え,近隣の教会でキリストに出会うようにすすめました。3年間,雨,雪,炎熱下でも休まずに続けました。

19980201C新聞路傍伝道

「クリスチャン新聞」(1998年2月1日付)

 岩井健作牧師(日本基督教団元神戸教会牧師),本田哲郎司祭や,渡辺英俊牧師(移住労働者と連帯する 全国ネットワーク共同代表)たちとの出会いは私の聖書観に大きな影響を与えました。なぜなら阪神・淡路大震災から5年を経た2000年に「解放の神学」にはじめて接したからです。
 第2バチカン公会議[ラテン語 Concilium Vaticanum Secundum 1962-1965]で大きくローマ・カトリック教会も変化しました。教会法で信者を縛ってきた内容が80パーセント近く変革されたのは,「解放の神学」の影響です。
 被災者や,孤児,戦争や被災により夫をなくした独身女性,難民に寄り添うようになったのは,「解放の神学」のお かげです。
Encounter with Pastor Iwai Kensaku (former pastor of the Kobe Church, the United Church of Christ in Japan), Mr. Tetsuro Honda (Former Province, Franciscan of Japan), Pastor Hidetoshi Watanabe (Director of Solidarity Network with Migrants Japan) had a great influence on my view on the Bible. Because in the year 2000 which passed five years since the Great Hanshin-Awaji Earthquake, I first touched “Liberation theology”.
The Roman-Catholic church greatly changed at the Vatican II Congress [Latin Concilium Vaticanum Secundum 1962-1965]. The reason why the content of religious believers was reformed by the Church law nearly 80% has been reformed“Liberation theology”.
It is thanks to “Liberation theology”that I have had a compassion with the orphans, single women who lost their husbands because of war and suffering, and refugees.
 牧師の生き様もいつも狭き門に取り組んでいます。労働牧師としてヘブライ語,ギリシア語,受験英語などの語学教師,ユニオン大学などの講師としての収入も乏しいです。配偶者の忍耐,愛,祈りがなければ,何一つできない茨の道のりです。聖霊に満たされて,感謝,喜びと希望をもって,2001年以降,社会で傷みつけられている人々と連帯する教会として世に出て行くように変えられつつあります。

 牧師と連絡をとられたい方は,下記に問い合わせください。
   ボランティアなどの≪参照≫予定を参考になさることもできます。

問い合わせ先:  神戸国際キリスト教会の牧師館=自宅 (教会は6丁目)
           
〒655-0049 神戸市垂水区狩口台5-1-101
           Tel :   (078) 782-9697  Fax: (078) 784-2939
           牧師 岩村義雄
           携帯  070-5045-7127
           http://kicc.sub.jp
           E-mail: QYH05423@nifty.com

20121114瑞宝寺c

妻カヨ子と有馬瑞宝寺 2012年11月14日 Kayoko Iwamura

牧師の歩み Pastor Yoshio Iwamura  変節

『石巻かほく』(2017年10月3日付) Pastor Yoshio Iwamura

 1975年外資系船舶会社に勤務していた頃,ものみの塔(エホバの証人)の信者の戸別訪問を受けます。ローマ・カトリック教会信者三代目であり,論駁するつもりが証人の中野欽司さんの軍門に下ります。

右 中野欽司 Yoshio Iwamura

 英会話や,上司の息子の受験勉強に仕事を変え,やがて伝道中心の生活になります。家族同士でもっとも信頼し合っていた牧素行&めぐみ夫妻から感化を受けます。

牧素行家族 右 岩村カヨ子 Kayoko Iwamura

 今でも,個々の証人の勤勉さ,情熱,正直さには尊敬の念をもっています。平気でウソをついていた悪い性向が聖書を鏡にして正されるように変えられたことは感謝でした。開拓宣教学校,長老学校[Kingdom Ministry School]で学びます。明舞(めいまい)団地の地域の模範的な開拓者として出版物にも掲載されるようになります。ものみの塔世界本部の統治体のメンバーとも渡米で親しくしていました。岩村カヨ子は日本で一番多くの雑誌などを提供することでも注目されていました。1980年代は『ものみの塔』誌などを開拓者価格で購入し,販売していた時代でした。毎月300冊以上を定期的に購入してくださる人々を明舞の区域の戸別訪問で見いだしていました。義雄は,反対するご主人,キリスト教会信者,若者たちなど,常に20人以上の研究生をかかえての牧羊生活でした。やがて妻カヨ子は過労で歩けなくなり,目もかすんできました。

岩村カヨ子 & 孝太 統治体ロイド・バリー夫妻 1985年8月16日 Kayoko Iwamura

 元主宰監督として,キリスト教会を迫害し,廃会に情熱を注ぎました。開拓者である妻カヨ子の病気をきっかけに聖書を通読しました。ものみの塔協会だけではありませんが,人間について不完全と言いながら,人々は組織を絶対視する傾向があります。栄枯盛衰の歴史は,支配体制,企業,宗教団体のヒエラルキーの変遷を物語っています。1988年,聖書からキリスト,組織崇拝,解釈の度重なる変更についてのまちがいに気づかされました。監督のまま,38名と集団離脱。血の通った家族にも似た親しかった人たちとの別れがありました。
  脱会後,理論ではものみの塔教理には歯が立ちません。いのちのことば社の元編集部長長沢俊夫氏の助言もあり,神戸改革派神学校(1993-1998)で聴講。資格のためではありません。神戸ルーテル神学校(1996-1999)やAGST[アジア神学大学院](1998-2000)などでも初代教父の教理史などを受講。教授,講師たちとの出合いを通じて,神戸聖書宣教学校の科目を担当していただくことになります。神戸国際キリスト教会の創世記は理論,つまり教理,教義を重要視していました。カルヴァンは「説教者の働きは講壇からの説教で終わるのではない」と言いました。西方教会のプロテスタント教会にとり説教は命がけです。「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ,戒め,励ましなさい。忍耐強く,十分に教えるのです」 (Ⅱテモテ 4:1)。しかし,しゃべくりをやめます。抑圧された人々の方を選びました。「もし彼らが,抑圧する者のゆえに,主に叫ぶならば,主は彼らのために救助者を送り,彼らを救われる」 (イザヤ 19:20)。「……わたしの兄弟とは,神の言葉を聞いて行う人たちのことである」 (ルカ 8:21)。やがて教会全体が神学より行ないに移行する契機に遭遇します。
 ※ ページ末の  AGST (アジア神学大学院) Asia Graduate School of Theology ニュース 参照

岩村義雄牧師の考え方に批判したい方 ⇒ 牧師の拙論

神戸国際キリスト教会の歩み

 第一段階(1989-1999)の10年間は「異端」について弁証していきます。
 第二段階(2000-2010)の10年間はキリスト教の諸教会一致のために牧師会などで仕えます。
 第三段階(2011-)は小さくされた人々と共生,共苦,苦縁の働きを始めます。

第一段階 キリスト教異端への反駁

 異端を反論する動機は多くの人々を誤導した責任があったからです。ものみの塔全体にまちがいに気づいていただくために『神のみ名は‘エホバ’か』(いのちのことば社発行),『聖書に基づいて彼らと論じる』などの出版物などを発刊しました。  前者は目の不自由な方のためにも≪参照≫点字発行されています。牧師の拙論「福音とは何か」が終着点です。

近放伝[近畿福音放送伝道協力会]ラジオ放送

近放伝[近畿福音放送伝道協力会]ラジオ放送原稿から

岩村カヨ子 本田夫婦  サーティホール 1994年 Kayoko Iwamura

 ≪動画参照≫ 超教派ブレザレン 神戸国際キリスト教会 街頭宣教シーン

第二段階 教会一致への奉仕

 次の段階である2000年から2010年までの10年間は,キリスト教会がひとつになる働きに専念しました。キリスト教会は分裂しているという悪口を家から家へ吹き込んできた指導者でした。キリスト教会を廃会にしてきた罪滅ぼしです。キリスト者の平和を実現するために,聖書に基づいて一致する聖書展(2001年5月9日~14日),神戸バイブル・ハウス(2003年1月31日~),垂水朝祷会(2010年7月17日~)などの働きに仕えます。多くの方の協力によって開会,再建などができました。
 2009年7月8-9日,パシフィコ横浜で開催された日本プロテスタント宣教150周年記念大会では事務局員として,神戸から約一年間東京に通いました。
 2001年の9・11テロは教会が社会的に何ができるか問われました。何もたいしたことができない小さな教会ですが,市民運動など教会外の活動に理解し,祈ってくれる仲間,友,妻が応援しているからこそ挫折を乗り越えてきました。 ≪参照≫神戸と聖書,『手をたずさえて』(KBH10周年)。

  垂水朝祷会発会式 後列の右端坂田昭男牧師の隣は垂水カトリック教会の小野久美(ひさよし)兄(2012年9月9日召天)です。第一回目東北ボランティアの3月18日,重い米などを狩口台の牧師館に運んでくださいました。

 

第三段階 小さくされた人々と苦縁

「最も小さい者の一人」 と共に生きる (マタイ 25:45) 教会一丸となってボランティア

  三段階目に,東日本大震災が起きたことが教会をも揺り動かしました。「隣人を愛せよ」 と人々にすすめながら,自分たちだけが救われるという排他的,非寛容な生き方をしてきた宗教者の歩みを悔い改めました。釜ヶ崎へ行動を共にしてきた≪参照≫山本智也君,柴笠雄輝君など学生ボランティアや,教会のメンバーたちも最初から行動を共にしています。近隣のキリスト教会だけでなく,教会の管理事務所,ご近所を含めて,多くの方々の祈り,ご協力,ご支援をいただいています。

 2011年3月21日,宮城県石巻市に向かう前に,最初に訪問したのは,仙台市にある≪参照≫在日朝鮮人の学校です。

20110321全体写真

後列左から3人目故尹鐘哲(ユン・ジョンチョル)校長先生
第1次東北ボランティア参加者後列右から2番目李志世
 (リー・チセ)君      2011年3月21日 撮影 李相英。Yoshio Iwamura

  東北朝鮮初中級学校訪問

 教会をあげて,礼拝後,近隣の神戸朝鮮初中級学校,朝鮮高校などの体育大会,バザー,授業参観に駆けつけ,一緒に踊ったりしながら,共生します。

神戸朝鮮初中級学校バザー 2015年11月15日

神戸朝鮮初中級学校バザー 2015年11月15日 Kayoko Iwamura

 牧師は≪参照≫「日朝友好兵庫県民の会」の常任委員です。毎月のJR元町駅前で,無償化の署名活動にも参加しています。岩村カヨ子牧師夫人は夫,教会,ボランティア活動を支えてきた最大の功労者です。ボランティア道のとして2016年10月17日逝去。多くの若者たちを育てました。

ボランティア道の母 岩村カヨ子 Kayoko Iwamura

『読売新聞』(2017年8月24日付) Kayoko Fund Pastor Yoshio Iwamura

マスコミ各紙 2017年7月 Kayoko Fund Pastor Yoshio Iwamura

「カヨ子基金」『キリスト新聞』(2017年4月1日付) Kayoko Fund Pastor Yoshio Iwamura

 本田寿久≪参照≫長老は第1次東北ボランティアから自ら運転して,東京で医療物資を受け取り,2011年3月22日,宮城県石巻市斉藤病院に届ける役割などに仕えています。

『キリスト新聞』(2011年4月2日付) Kobe International Supporting Organization  Pastor Yoshio Iwamura

≪参照≫東日本大震災

              反転している青文字をクリック,説明または動画 

 教会の牧師に,神戸新聞会館岩田隆男元理事長から,2011年4月11日を皮切りに,≪参照≫「『死』を考える」講座が依頼されました。続いて,4月14日,阪神・淡路大震災の反省を込めて,宗教者間の平和のために,住職や神主たちと≪参照≫「阪神宗教者の会」を設立しました。≪参照≫東北追悼と復興の祈りなどのプログラムを展開しています。2013年10月から,「こころやすらぐ『聖書』のことば『岩村義雄』三宮KCC・神戸新聞文化センター」 も依頼されます。本田兄も自分の属する中小企業経済同友会の事務局として福島県を再三訪問し,真実について発信しています。教会の若いメンバー≪参照≫村上裕隆君(28歳),中田悠一君(30才 下記参照),本田博之君(25歳),大島健二郎君(33歳)も被災地へ出かけます。
 2018年は自然災害の多い年です。6月の大阪北部地震,7月の神戸における集中豪雨,7月7日の西日本豪雨(2017年の福岡県朝倉市杷木[はき]松末[ますえ]は集中豪雨により22人/42人内),翌年の岡山県倉敷市真備(まび)町だけで51人/227人内死亡,8月の猛暑に続き,9月に入り,台風21号襲来,続いて北海道大地震により厚真町だけで36人/41人内です。

『石巻かほく』つつじ野 (2017年10月9日付)

 宮城県石巻市渡波や,熊本県益城町,福岡県朝倉市杷木(はき)松末(ますえ)でボランティアで仕えています。,
 2015年9月10日,台風18号による≪動画参照≫鬼怒川水害のボランティアのために,シルバーウィーク(9月20-24日)に神戸国際キリスト教会の4名の男性は被災地に赴きました。
 2016年4月14日に揺るがした大地震,16日の本震の翌日,4月17日(日)礼拝後,教会の3名は<参照>熊本・大分地震に向かいました。
 2017年7月5日に九州北部豪雨を聞くやいなや,7日(金)夕食を皮切りに200食ずつ避難所で11回にわたり,炊き出しにキリスト者5名が仕えました。炊き出しのため,教会から3名が向かいました。

九州北部マスコミ各紙 2017年7月 Pastor Yoshio Iwamura

『中外日報』(2016年4月20日号) Pastor Yoshio Iwamura

KBHニューズレターNo.76(2016年6月10日付)

KBHニューズレターNo.76(2016年6月10日付)

  東北ボランティア≪参照≫の継続は垂水朝祷会や,牧師館のご近所の人々,ボランティア参加の皆さまの祈りによって支えられています。ボランティア道≪参照≫はキリスト教の布教を目的としていません。被災地において伝道ではなく,福音を分かち合うこと,すなわち被災者のお世話などの行ないだけです。 ⇒ 神戸国際支縁機構の≪参照≫日程
 東北,≪参照≫丹波水害バヌアツネパールベトナムシリアインドネシア国パル炊き出しなど日本のみならず世界のどこにおいても被災で苦悩している地域においてあらゆる善い業のために備えられたものとなりましょう(Ⅱテモテ 2:21)。

 

第2次ネパール・ボランティア報告会 「中外日報」(20154年9月25日付)

第2次ネパール・ボランティア報告会 2015年9月16日県民会館7階 「中外日報」(20154年9月25日付)

本田寿久長老の平和観

20140805中小企業しんぶん

『中小企業家しんぶん』(2014年8月5日付) Toshihisa Honda 

『クリスチャン新聞』(2014年2月9日付) Pastor Yoshio Iwamura

20150706サンケイ顔村上裕隆

「産経新聞」(2015年7月6日付) Hirotaka Murakami

Pastor Yoshio Iwamura 

「時感断想」中外日報homepage

 

「時感断想」①20130423

『中外日報』(2013年4月23日付)。 Yoshio Iwamura

 中外日報より     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時感断想」②20130507

『中外日報』(2013年5月7日付)。 Yoshio Iwamura

「時感断想」③20130514

『中外日報』(2013年5月14日付)。 Yoshio Iwamura

「時感断想」④20130521

『中外日報』(2013年5月21日付)。 Yoshio Iwamura

   AGST (アジア神学大学院) Asia Graduate School of Theology ニュース 2015年12月5日付
 ① アジアの最貧国ネパール訪問記,② バヌアツの被災地報告 Pastor Yoshio Iwamura

20151205 ATA J・AGST Jニュース

AGST (アジア神学大学院) Asia Graduate School of Theology ニュース 2015年12月5日付 Yoshio Iwamura