隣国に謝罪と補償をするのが和解の鍵

隣国に謝罪と補償をするのが和解の鍵

人種偏見,差別をなくそう

 神戸国際キリスト教会は人種差別撤廃NGOネットワークの働きに加えさせていただいています。

慰安婦強制連行  

 ≪動画参照≫美輪明宏さん 日本軍「慰安婦」問題の歌 

 2013年6月27日,政府に対して,日本軍「慰安婦」問題について謝罪と補償について意見書が決議されました。6月だけで3つの自治体から提言されています。島根県議会の意見書可決が41番目です。続いて,京都府の宮津市議会と城陽市議会です。安倍総理の証拠がないなどというまやかしは通用しません。

 英国ヘイグ外相はケニアにおける非人道的処遇を行なったことへ賠償を決定。マウマウ反乱で英国当局が行なった拷問などについて謝罪,補償を発表。一人当たり約4,000ドルがケニア人被害者5,200人に支払われます。総額2,150万ドル。(ハフィントンポスト 2013年6月6日付)。

 かつて米国で移住した日系人が収容された。日系人は何もアメリカに被害をもたらしませんでした。米国は1988年に個人に対して謝罪して,補償しました。

 ニューヨーク州上下両院の議員は,旧日本軍の従軍慰安婦問題について,「20世紀に起きた最大規模の人身売買だ」と決議案。日本政府はアジア各国の被害女性らに公式に謝罪すべきという内容です。(共同通信 2013年1月17日付)。

http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2010/08/24/0200000000AJP20100824003300882.HTML

100人宣言20100824

「100人宣言」に神戸国際キリスト教会も加わる Pastor Yoshio Iwamura

 

 

チラシ

C新聞

『クリスチャン新聞』(2008年9月28日付) Pastor Yoshio Iwamura

 「慰安婦」問題で「強制連行を証明する文書はなかった」論が流布されていまが,林博史氏らの調査で,東京裁判関係文書の中に,「強制連行を証明する文書」が存在していることが明らかにされています。それらの文書は,2011年に法務省から国立公文書館に移管され,アジア歴史資料センターでも,デジタルで広く公開されています。また,政府は,「慰安婦」調査を担当した外政審議室の事務を,内閣官房副長官補室が引き継いでおり,
「慰安婦」調査を今日も続けていると名言しています。

 ところが,安倍総理はあいかわらず2007年の「閣議決定」に言及します。

 「慰安婦問題については,政府において,平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い,これらを全体として判断した結果,同月四日の内閣官房長官談話のとおりとなったものである。また,同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には,軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである。」(内閣衆質166第一10号)

 この閣議決定の重要な点は,「強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」ことが二つの条件付きで述べられていることです。

 一つは,「同日の調査結果の発表までに」なかったと述べており,もう一つは「政府が発見した資料の中には」なかったと述べています。すなわち,河野談話発表までに,政府の「慰安婦」調査を行った内閣官房外政審議室に各省庁から集まった資料の中にはなかっ
たと述べている点です。

 では,河野談話発表までにどのような資料を政府は集めていたのか,
 また,河野談話発表後にどのような資料が発見されているのか,
 事実を明らかにしないまま,政府は,「強制連行の証拠は無い」と言い続けてきました。

 情報公開請求で政府が集めた資料の公開請求をしたところ,「政府が行った聞取り調査の記録」以外の全ての資料が今年3月に公開になりました。
 その中には,法務省が作成した「報告書」が河野談話発表まで出されており,その法務省報告書に「慰安所における売春の強制』又は『慰安所における売春を目的とした女性の強制ら致の事実が,オランダの行った戦争犯罪裁判(中略)起訴され有罪判決が言い渡された」との内容の記載があります。法務省が,「慰安婦」被害者の強制連行を証明する文書が存在するとの報告を出していたのですが,そのことを,政府は,今日まで公開していませんでした。

 さらに,法務省か報告書で報告した強制連行を証明する文書である東京裁判に提出された法廷証拠文書そのものについては,政府が未だに収集していないことも明らかになりました。これらの文書の存在については,第一次安倍内閣の「閣議決定」の一ヶ月後の2 007年4月17日に,外国特派員協会において,『極東国際軍事裁判に各国が提出した日本軍の「慰安婦」強制動員示す資料(7点)』として記者発表しています。

 【資料1】日本海軍占領期間中蘭領東印度西部ボルネオに於ける強制売淫行為に関する報告 
 【資料2】ポンテヤナック虐殺事件に関する一九四六年三月一三日付林秀一署名付訊問調書 
 【資料3】インドネシア・モア島オハラ・セイダイ陸軍中尉の宣誓陳述書 
 【資料4】インドネシア・ジャワ島マゲラン イエ・ベールマンの尋問調書
 【資料5】ポルトガル領チモール ルイス・アントニオ・ヌメス・ロドリゲスの宣誓陳述書
 【資料6】ベトナム・ランソン ニェン・ティトンの口述書抜粋 
 【資料7】中国桂林 軍事委員会行政院戦犯罪証拠調査小隊「桂林市 民控訴 其の一」

 これらの文書の存在を知りながら,その文書を今日も収集せずに,歴代政権が,「強制を示す文書はない」と言い続けているのです。

 これらの文書以外にも,日本軍「慰安婦」の強制連行を認めた公文書が多数存在しています。それは,「慰安婦」被害者が日本政府を相手に訴えた裁判の判決書です。それらの裁判は,原告敗訴となっていますが,裁判所は被害事実を認定し,強制連行があったことを認めています。

 しかし,政府の「慰安婦」調査では,それらの判決書を一件も集めていないのです。

 また,2007年に出された米国議会調査局(CRS)の「日本軍「慰安婦」問題に関する報告書」(Japanese Military’s “Comfort Women” System)では,「日本政府と軍が慰安婦制度を直接つくったことは明らか」と指摘し,「慰安婦」の募集と輸送,「慰安所管理」といった「制度の運営におけるあらゆる段階で日本軍が関与していた」としています。

 そして 「慰安婦」の募集の強制性については,「(騙して連れて行くことも強制に含めるなら)ほとんどの慰安婦が強制的に(involuntarily)制度に組み込まれたことは,公になっている証拠から疑いの余地はない」「自発的だったというのはほとんどなかったようだ」と結論付けています。
 さらに,募集については,ほとんどは民間業者によってだまされたり,家族に圧力をかけられたりしたもので,なかには物理的に拉致されたと主張する人もいると指摘。安倍首相らの議論は,募集だけを強調することで「慰安婦」制度の他の要素に日本軍が深くかかわった事実を矮小化させていると指摘しています。

 このように,政府は市民や研究者の調査を無視して,明らかにされている文書さえ収集しないまま,「強制を示す文書は無い」と言い続けているのです。
                       2013年5月24日 真相究明ネットより

慰安所マップ

慰安所マップ Ⓒ 2013 日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会

日本軍兵士証言 http://fightforjustice.info/?page_id=583

 1.  【被害者証言】トマサ・サリノグ(フィリピン)
  2.   【被害者証言】マリア・ロサ・ルナ・ヘンソン(フィリピン)
  3.   【被害者証言】日本軍に棄てられた少女たち(インドネシア)

日本軍「慰安婦」問題 西岡力氏説への論駁

 2014年2月27日,西岡力(つとむ)氏信奉者「にし」なる人物から西岡説であるが筆者にメールで寄せられました。筆者が順次で説明レスポンスしていきます。

Q: 日本軍「慰安婦」問題について,すべては朝日新聞の捏造から始まったのでは。
A:
東京キリスト教大学教授西岡力氏が朝日新聞について,捏造しており,表現は正しくないと言うからには,裏付けが必要です。そうしないと,読む人に誤った情報を埋め込む基になります。

 たとえば,下記の内容のどこが捏造でしょうか。
 朝日新聞の1992年7月末の報道記事です。政府の慰安婦調査の際には,法務省が,日本軍「慰安婦」問題文書が存在することを報告していました。
 西岡氏はこのような文書を知りながら,政府が「日本軍の強制を示す文書は無い」と主張する政府を支持するとするなら二枚舌です。

 バタビア裁判文書のなかの106号事件の能崎面接調書や69号事件の起訴状で,能崎中将は戦後の法務省の面接で,証言しています。「裁判で明らかになったところによると,その選出は州庁側で選出して,整列させていた婦人(その中には不承諾者も含まれていた)の中から,軍側の若い中尉が勝手に選定して,連れてきたのが実情のようであり,その点に行き過ぎがあり,なお連行後各人から承諾書を採るについても,右のような事情から若干の人々には多少の強制があったようである。承諾書の内容についても,私はそれを見なかったが,ただサービス業的のこととして曖昧にしか表現されていないので,その点にも契約上の食い違いはあった訳である。」と述べています。

  69号事件の起訴状には,「各収容所に抑留されていた一団約35名の婦人を連れ出し,スマランにある「将校クラブ」「スマランクラブ」「日の丸」及び「双葉荘」等の慰安所において,自己の統率下にある軍人及び軍属を相手に売淫すべきことを強制し,かつ強姦を行い,戦争犯罪を犯した」。
 「慰安所に連行して,売淫を行わせ,売淫をが肯んぜざるものに対しては,強制して,これを行わせた」。
 「もし彼女らが肉交を求めて同クラブを訪れる日本人に対し,各自自由意志をもってこれを拒絶した場合には,彼女らの家族に最も恐怖すべき手段をもって報復すると威嚇した」。
 「婦人らを「将校クラブ」「スマランクラブ」「日の丸」及び「双葉荘」等の慰安所に宿泊させ,自己の統率下にある軍人及び軍属を相手に売淫を強制し,かつ強姦を行い,戦争犯罪を犯した」。
 「各収容所に抑留されていた一団約35名の婦人をして,自己の統率下にある軍人及び軍属を相手に売淫を強制し,かつ強姦を行って戦争犯罪を犯した」。
 「当時「将校クラブ」と称していた慰安所に強制売淫を行わせる目的で宿泊せしめていた婦人等に対し,不当な待遇を加え,必要なる医療並びに薬品を施与せず,不健康な衛生状態の下に生活せしめた」。
 「慰安所に売淫を強制する目的をもって宿泊せしめてあった婦女子に対して,不当な待遇を加え,必要なる医療並びに薬品を施与せず,彼女等をして不健康なる衛生状態の下に生活せざるを得ざらしめた」,と起訴事実を記載しています。

 この裁判記録は,オランダの公文書館から入手した梶村太一郎氏が発表し,朝日新聞が報道した内容は決して捏造ではありません。法務省も,文書が存在することを報告していました。

Q:  「慰安婦問題」がいつから出てきたかと言えば,1980年代からです。韓国の政権はずっと反日だったと言いますが,一番激しい反日だったのは李承晩政権です。反日と反共を国是としていて,そのため李承晩政権は 日本と国交正常化しなかった。そして,日本に対して多額の賠償請求をしていました。その李承晩政権ですら,外交交渉の場で「慰安婦問題」を持ち出したことは一度もありません。その時代の人たちは「慰安婦」の存在は知っていましたが,それ を「問題」化して外交交渉の場に持ち込めるとは思っていなかったのです。

A: まず歴史的背景と当時の朝鮮半島のエートスについて認識しておかねばなりません。宗教的風土について考慮するならば,仏教,儒教,キリスト教においては,「未婚の女性は処女でなければならない」という倫理基準がありました。日本の神社において祭事に仕える巫女も処女であることが条件であることは現代も変わりません。日本が侵略したアジアの国々には,結婚するまで身を潔白に保つことは当たり前でした。残念なことに,一般の日本人は性道徳については希薄であったことは否めません。もちろん日本人は責任感,誠実,正直さにおいてサムライ精神は世界に冠たるものでしょう。しかし,「英雄,色を好む」という風潮,モラル観は決して誇れるものではありません。妾が何人にいても国政を担う政・官・財・学の指導者に対して大らかな空気が日本を支配していました。
 筆者の曾祖父野辺地尚義[1825-1909](たかよし 蘭学者,紅葉館支配人),祖父野辺地四郎[外交官]の二人も例外ではありませんでした。
 1630年,タイで活躍した日本人はシャム人を見下し,またシャムの習俗をばかにして受け入れなかったことがあります。その結果,山田長政[1590-1630]が築いたアユタヤ日本人町の焼き討ちに遭います。(1636~42年のオランダ東インド会社アユタヤ商館長エレミアス・ファン・フリートの『暹羅革命史話』)。
 日本の侵略に反発してゲリラ活動を繰り広げる武装組織である馬賊ですら,強姦はためらうのが常でした。ところが日本軍は強姦したあげく慰安所に放り込んで監禁+レイプを繰り返していた記録がアジア各地に残っています。
 性道徳について日本よりはるかにストイックな伝統がある朝鮮半島においては,「自分は何百,何千人もお客をとった慰安婦でした」などと公言することは羞恥心知らずとみなされて,社会から排除される精神風土がありました。加害者ではなく,被害者であるにもかかわらず,戦時下の屈辱が知れ渡るだけで,家族,村社会からも見離される慣習,因習,風潮を度外視できません。
 日本軍「慰安婦」がいたことは史実です。ところが,日本軍「慰安婦」問題を受容できるほど被害者の周囲は寛大ではなかったのです。村八分という社会からの隔絶は死を意味していたのです。
 自殺せずに生き残った青春時代に辛酸をなめた女性たちは,子どもが二度と産めない身体的苦痛,男性を見るだけで起こる男性恐怖症,心のトラウマと戦いながら,秘めながら黙りを決め込んでいたのです。一方,加害者である元日本軍兵士の多くは良心の呵責に苦しむのです。敗戦と同時に,上官から他言するなと命令されていても少女たちを犯した犯罪を吐露しないで晩年を送ることは壮絶な苦痛です。息を引き取る前に,かつての日本軍兵士は告白します。証言による日本兵士の獣と成り下がった赤裸々な実態は身の毛もよだちます。

「北海道新聞」(2014年3月22日付)。

 北海道新聞(2014年3月22日付)

20140323神戸新聞

「神戸新聞」 (2014年3月23日付)。

元日本軍兵士の加害証言

日本軍兵士の残虐行為

                                         続く

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