拉致問題の解決にはどうするか

2.拉致問題の解決にはどうするか

拉致問題慰安婦の解決

 拉致被害者のご家族のおひとりである横田早紀江さんの悲しみを共有することは大切です。
 岩村が神戸で「励ます集い」の実行委員長を務めさせていただきました。

チラシ

神戸20050504

  横田めぐみさんの拉致について,一日も早い解決を冷静に考えるべきです。拉致問題の解決には,朝鮮民主主義人民共和国(以後,共和国)に対して,被害者意識だけでなじっても突破口は開かれません。歴史的経緯をふまえて,日本軍「慰安婦」問題,強制連行の未払い賃金,小泉純一郎元総理の平壌宣言遵守について,徹底的に話し合わねばならないでしょう。つまり対話こそが解決への鍵です。

 2012年4月に日本の学術団が訪朝しました。京都大学教授小倉紀蔵氏が述べます。「北朝鮮との国交交渉には,…拉致も核問題も魔法使いが突然解決してくれることはありえない。まずは文化や経済などの交流によって通路を確保しつつ,未来を切り開くしか道はない」(『朝日新聞』 2012年5月26日付)。 経済制裁など何の影響力もないことは実証されています。

 共和国に対する経済制裁。愚の骨頂です。大陸続きの国に効果なんかありません。むしろ日本の経済効果を損なっています。くだらん意地を張っても拉致問題は解決できません。2012年,米国は,共和国とハンバーガーや自動車で約4億8千万円の貿易。前年の三倍以上です。ヨーロッパ各国も旅行などで頻繁に自由に行き来しているのに対して,日本政府だけが,日本最大の圧力団体の顔色ばかり,うかがっているせいでしょうか。まともな外交,対話,拉致解決など何もできていません。

 1960年10月12日,浅沼稲次郎をを17才の少年が暗殺。2012年8月15日,19才の大学生がいじめで騒がれる滋賀県の教育長に殺意を抱いて襲いました。忠臣蔵や敵討ちの風土の日本で,仕返しをどう考えるべきか,家庭,学校,社会がモラルを教えないと,同じような思考停止の行動に走る若者が現れるでしょう。残念なことに,学校の教育現場では副読本「心のノート」を用いて,国の交戦権を認めるとか,大戦は侵略ではなかったとか,日本は加害者ではなく,被害者であったという「道徳」を復活させようとしているのはゆゆしいです。

 日本のマスコミを読めば読むほど,日本人は近隣諸国と仲良くなるどころか,嫌韓流,自虐史観,ヘイトスピーチ(憎悪発言 hate speech)などに「沸騰」するナショナリズムが若者の意識にすり込まれています。たとえば,拉致の問題に,在日コリアンの子どもたちに何か責任があるのでしょうか。Jアラート(全国瞬時警報システム)について在日コリアンは何か責任があるのでしょうか。なんら責任がありません。税金を納め,日本語を話し,日本文化に溶け込んでいるにもかかわらず,権利を与えないのは民族差別主義です。アイヌ,琉球を土人として人権を認めなかった発想と同じです。朝鮮学校の生徒たちが文科省から助成をもらえない不利益を被ってよいものでしょうか。無償化にすべきです。教育の権利は万民に「平等」であるべきです。
 人種差別をお上が声高に言っても罰せられない日本の世論はこわいです。

朝鮮高校差別  
    無償化問題

 領土問題にしても,日本は正しく,隣国が悪いという単純な思考回路にしかスイッチオンしない日本人の空気は第二次世界大戦前と同じでしょう。「固有の領土」などどこの国にも存在しない日本語が独り歩きしています。もし歴史的に「領土」を自分のものと一義的に主張するなら,七つの海をかつて君臨した大英帝国のすべての領有権をも認めなければならないでしょう。善か悪か,光か闇か,黒か白か,陰か陽か,愛国か反日かといった二元論の発想も危険水域です。日本軍「慰安婦」,強制連行,南京大虐殺について加害者なのに一切謝らないで平気でいられる感覚がすでに国粋主義,無慈悲,人間の顔をした冷酷な心の持ち主でしょう。このままでは日本はアジア諸国や,世界から孤立してしまいます。無条件降伏した同じ轍を踏んではなりません。

『朝鮮学校のある風景』No.39 一粒出版 2016年 184-186頁)。

『朝鮮学校のある風景』No.39 一粒出版 2016年 184-186頁)。

2016年 39号b

 日本の江戸時代には,秋田出身の安藤昌益[1703-1762]なる青森県八戸在住の思想家がいます。昌益は「若し自然直耕の道には治乱なきことを明らむる者之れあり,速かに軍学を止絶して,悉く刀剣,鉄砲,弓矢,凡て軍術の用具を亡滅せば軍兵大将の行列なく,止むことを得ずして自然の世に帰るべし」と教えています。『安藤昌益と自然真栄道』(勁草書房 1970年 146頁)。
 自然を大切に思う心と,軍事を否定する考えです。昌益のように「兵を語らず,争はず」の精神を復興する気骨ある日本人は久しく途絶えています。

             「横田早紀江さんを励ます集い」実行委員長 岩村義雄

キリスト新聞091205

 
蓮池 透 氏講演へのレスポンス 
                           2009年11月18日

     東アジアの平和を考える集会 実行委員長 岩村義雄

(1) 蓮池 透氏講演からの指針

 蓮池 透 氏による「日本が行なうべき道 制裁? 過去の清算?」の講演をお聞きになって,私たち日本人が考えるべき示唆に富んだ内容であったことを皆さまは感謝しておられるのではありませんか。

 東アジアの平和のためには,歴史的にも深い関係の隣国の朝鮮民主主義人民共和国(以後,共和国)や大韓民国,中国などと相互理解と友愛を深めていかなければなりません。

 しかし,東アジアと仲良くおつき合いするには,どうしても解決しなければならない過去のゆゆしい問題があります。日本人の多くは,共和国と聞くと,恐ろしいというイメージを抱きます。テポドンや,核実験など,テロ国家にしか映らないわけです。マスメディアを通して,私たち日本人はいつしか,北朝鮮と聞くだけで,眉をひそめる傾向があります。
 では,どうすれば,友好的に,行き来し,良い関係をもつことができるのでしょうか。
 
 本日は,蓮池 透さんのお話しをうかがい,なぜ,北朝鮮が拉致を行なったかの理由について,私たちは今までと異なる新しい視点が培われたのではありませんか。拉致問題について共和国をヒステリックになじる前に,自らの過去の犯してきた数々の残虐行為を見つめることです。

(2) 過去の歴史認識

 ドイツは良い模範です。ユダヤ人たちに対して徹底して,謝罪し,賠償しています。自虐歴史観という言葉に惑わされてもなりません。被害者は日本ではないのです。朝鮮半島や中国から軍人が責めてきて,捕虜になって,苦しんだという経験をしていないのですから。李基豊牧師は日本が戦時下,迫害し,殺した被害者です。

 第一番目に,日本は「三韓征伐」という日本書紀の時代から,攻め込んでもかまわないという神話があったことです。ですから,豊臣秀吉にしても,1592年に宣戦布告もせず攻め入りました。加藤清正,小西行永率いる武士たちがたくさんの無抵抗の人々を斬りつけたのです。分捕りものとして陶工や多くの連れ帰りました。強制連行です。ですから朝鮮通史は返還してもらうためにやってきました。徳川幕府は大切に,丁重にもてなし,良き関係ができていました。しかし,幕府を倒す気運になった国学は,日本人が優秀であること,弱腰の幕府とちがって,隣国の朝鮮半島は奪ってもよいという教えがありました。王政復古で明治政府をもたらした力は隣国に偏見をもってできあがったと言えるでしょう。吉田松陰や,その弟子である伊藤博文,西郷隆盛,福沢諭吉にしても“征韓論”という外交をそのまま無批判に受け入れています。
 とりわけ,一万円札の肖像の福沢諭吉さんの脱亜入欧により,東アジア人差別の風潮が日本人に約150年刷り込まれてきたのです。

 第二番目に,韓国,共和国の方と接する際,忘れてはならない不幸な歴史があります。それは1905(明治38)年11月,日露戦争後,伊藤博文は第二次日韓協約を強制し,外交権を奪いました。1910年8月22日,日韓併合条約が調印され,朝鮮半島はついに日本の完全な植民地としました。36年間,神社参拝を強要したり,国語を奪ったり,名前を変えたり,相手国のプライドをずたずたに傷つけたことがあります。

 第三番目に,第二次世界大戦(1939-1945)前から,当たり前のように強制連行,慰安婦問題を行なってきたことです。
 日本の近代化に必要な労働力として,ここ兵庫県でもトンネル工事,線路敷設など重労働に頼ってきたことです。次に慰安婦の問題があります。1993年,河野洋平官房長官は慰安婦について謝りました。しかし,昨年,阿倍晋三首相や,麻生太郎外相は,「そんな事実はなかった」と言います。一般市民が言うならともかく,国の責任者が180度異なることを発言すると,諸外国は二枚舌だと日本の指導者の言うことを信じなくなります。日本は賠償をすでに済ませたとか,軍の制度上の問題で強制はなかったとオウム返しの反論をします。18年前頃から,10歳の少女を性奴隷にした例などの事実などが明らかになってきています。一対一の性行為ではなく,4~5人大人の日本兵から幼い少女ひとりに陵辱したりしています。公娼制度はどこの国でも存在しています。女性たちに俸給を与えています。ところが,日本軍の慰安婦は,自由意志で,俸給を目的で志願した女性たちのカテゴリーには入りません。なぜなら,無理やり拉致したこと,それも10代前半の幼い少女たちにも強要しているのです。他国の軍隊には見られないゆゆしい戦争犯罪でしょう。

(3) 具体的に日本はどうすべきか

 過去の経緯を無視して,「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」という日本側のスローガンこそ,共和国との交渉の道を閉ざしてしまうものです。 とくに,日本軍「慰安婦」問題,強制連行については,日本の保守的な政治家,およびマスコミの多くがとりあげない二つについて,報告させていただきます。
 
 a. 日韓会談とは

 1965[昭和40]年,14年続いた日韓会談の終了時に,日韓基本条約が締結されました。日本と韓国の間で財産,権利,利益に関する相互の請求権について,「完全かつ最終的に解決された」と第二条で確認しました。 しかし,この協定で成立したのは,日本から韓国への経済協力であり,植民地支配時に起こった被害への補償にはほぼ使われなかったのです。会談の中で,日本側から個人の未支払い賃金などの返還が議題に上りましたが,立証責任を韓国側に負わせ,結果的に請求権を放棄させるように仕組んだ外交戦術を日本は用いました。補償とは関連のないものです。
 決定的なことに,日本軍「慰安婦」問題については,2005年に韓国政府外交通商部が保管していた公示書を全部公開した中にも,ぜんぜん言及されていません。

 したがって,現在も日本軍「慰安婦」,強制連行などの個人補償を求める運動が韓国のみならず,在日の間からも引き続き起こっています。なぜなら国に対する経済協力と,個人への賠償は別のものだからです。

 重要なことは,日韓会談の資料の全面公開です。「日韓条約で解決済み」というなら,論議した内容を開示すべきでしょう。通例30年を経過した外交文書は,公開してもよいはずです。もし日韓会談で審議された内容が外務省の危惧するように,国際的な交渉で不利益を与えるという判断のもとで,非公開にしているとするなら,韓国と日本の間に,真の信頼関係や相互理解が生まれません。

 さらに,国交が回復していない共和国との交渉として,「日朝交渉」も将来の大きな課題であります。韓国と異なり,北朝鮮に対しては,2002年の平壌宣言においても,一切の個人補償について話し合われていないのです。
 日韓会談で解決済みとは,独り歩きしている裏付けのない情報であり,今こそ,「外務省の組織的怠慢と批判されても仕方がない公文書の開示を求めます。

 b. アジア女性基金

 アジア女性基金(AWF)は被害者に対して認めた道徳的責任を満たすために取ることを考えた政府の唯一の措置であるように見えました。元慰安婦には,AWFの金を日本政府の補償と見なかったので償い金を拒否した人たちがいます。日本の小泉元総理大臣は,AWFから金を受け取った少数の女性に手紙を送りました。しかし,女性たちは手紙を読み,日本政府が責任を受け入れたわけでないとして拒否したのです。なぜなら慰安婦の被害女性の期待に沿う供与ではなかったからです。もし真摯な謝罪が伴う方法であったなら,彼女たちは拒絶しなかったでしょう。やがて,2007年3月のAWFの解散に触れて,政府は「被害者との一層の和解を求める努力をするつもりである」とそそくさと報告して組織を解散してしまいました。
 
 1993年,河野洋平官房長官の談話(以下「河野談話」という)において,被害者に対して事実を認め謝罪をし,適切な措置をとることを表明しました。そして,日本政府は,1995年(平成7)年に,「慰安婦」問題につき「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」(AWF)を設置した次第です。
  48億円が国庫から拠出され,民間から7億円が募金された。しかし,総額5億1千万円だけが285人に手渡されたにすぎません。つまり,国からというより,民間からの募金だけが,被害者に手渡されていたことになるのではありませんか。
 残りの使途は不明です。驚くことに,285人の受け取った内訳は200人がフィリッピン人であり,85人が台湾,韓国です。当時,挺対協が認定していた慰安婦は韓国だけで,234人です。韓国,台湾,フィリッピンの三カ国だけでも,認定が464人いたのです。(他の推定被害者,およびその後の認定を除く) 1996年3月に出版されたILO専門委員会報告書で,日本軍「慰安婦」問題は日本軍性奴隷制としてILO29号協約を違反した事例として判断しました。 2008年3月,国連人権理事会に続いて,ILO条約勧告適用専門家委員会は,日本政府のILO29号協約違反事例に関して,被害者たちの訴訟課程と結果,関連した情報を知らせることを日本政府に要請しました。しかし,安部晋三前首相と内閣閣僚たちは日本軍性奴隷とされた少女と女性たちの強制連行に携わった証拠を否定したのです。
 2007年にはアメリカ下院が,2008年10月30日には,国連人権委員会が決議しています。
  日本政府が1921[大正10]年の「婦人及児童ノ売買禁止ニ関する国際条約」に署名したことや,また,武力紛争が女性に与える特徴的影響を認めた2000安保理の「女性,平和と安全保障に関する決議1325号に賛成票を投じた」経緯に基づいてです。
 内容は,日本が日本軍「慰安婦」を強制動員したことについて,被害者の大部分が受け入れることができる方式で謝罪して尊厳を回復させなければならないこと,および生きている加害者を処罰して,即刻,効果的な法的・行政的手段を講じて被害者に適切に補償しなければならないとする報告書を採択したのです。
 ちなみに,[日本軍「慰安婦」問題]アジア女性基金が解散した時,アジア女性基金専務理事であった和田春樹東大名誉教授のコメントが新聞で報道されました。

 基金は中国、東ティモール、北朝鮮の被害者に対してはいかなる事業も行えなかった。事業を実施した韓国でも、ハルモニたちが基金からうけとったことが政府と世論によって公認されないままである。(『毎日新聞』2008年6月3日付)

 したがって,今日,ご出席されました皆さまも,拉致問題の真の解決は,制裁ではなく,まず対話により,過去の清算を日本から率先することによって,解決すべきだということを同意していただけますでしょうか。

Forced Transfer 

      Chairman, Kobe International Supporting Organization
                             Rev.Yoshio Iwamura

  Following the war, Nazi Germany was found guilty at the Frankfurt Court on June 10, 1953.  It was the duty of the paramilitary to protect the internees as long as they were within the reach of the power of the accused.  They had the duty to do whatever possible to protect the interned complainants’ life, body, and health, and couldn’t absolve from that duty on account of the paramilitary.

 On the other hand, after the International Military Tribunal for the Far East was over, there was no continuing trial in Japan following the war, and half a year passed without criminal and civil responsibility for the inhumane acts being accounted for.  Today within Japan, the tendency to deny its responsibility for the war still stands out.

There was no damage recovery, and the perpetrators were not held responsible, making it difficult for there to be true reconciliation for both sides.

 In October 2002, the Japanese Federation of Bar Associations counseled Prime Minister Koizumi, the Furukawa Engineering and Metalworking Co. Ltd., and Kumagai Gumi Co., Ltd. to implement provisions for “The Hunt for Truth” and “The Recovery of Damages” against the problem of forced transfer and forced labor of the Koreans by the past Empire of Japan.

 Definition of Forced Transfer:

‘Force’ includes physical and psychological force, and was established as a term internationally as early as the 19th century, and in Japan at the beginning of the 20th century.

 ‘Force’ not only includes physical force like abduction, but also deceiving someone that there is good work, and transferring them.

For example, in 1993, as written in the government statements of the Upper House Budget Committee, “Force was accepted naturally, and in that case it was not simply adding physical force, it can be said it was in a threatening way, and is awe-striking the manner in which they were made to do certain acts against the their free will, and we consider such cases to be widely included in the term” (Upper House Budget Committee Record of Proceedings, Article 4 Section 4, March 23, 1993). It was quoted and the Japanese government also has no objections against this point.

 According to the 1937 Daishinin (the Supreme Court of that time) decision, in the 1932 case whereby the Japanese Agency deceived the Japanese women of Nagasaki Prefecture into thinking they would be housemaids, and transferred them to the Shanghai comfort facility, “forced transfer” and “enticement crime” were applied (Decision Summary, March 5, 1937, Daihshinin 4th Criminal Investigation Decision).  That is to say, Criminal Code, Article 226, Section 1 was applied.  It was then in 1937 that “One must not use cajolery to entice a woman” was determined.

 Consequently, as the group which distorts a part of history argues, “They were deceived into thinking it was good work, so forced transfer does not apply,” a judgment which is wrong.

 Forced Transfer of Koreans

  1. Labor mobilization from Korea according to the implementation of the Labor Mobilization Plan and Citizens’ Mobilization Plan based on the National Mobilization Law,
  2. Labor mobilization from within Japan according to the National Draft Order
  3. Wartime mobilization as a soldier, civilian war worker, female volunteer corps member, comfort woman, as well as results from actions of ‘enticement,’ etc., occurring up until 1939 also correspond.

Legal Responsibility of the Japanese Government

●As the basis for the legal responsibility of the Japanese government, there was a violation against the ‘Treaty in Relation to Forced Labor,’ (ILO 29th Treaty) which falls under the prohibition of slavery as a slave treaty and international customary law, as well as ‘crimes against humanity.’  The ILO Treaty Application Expert Advisory Committee is deciding on the ‘Treaty in Relation to Forced Labor’ as exempt and irrelevant in relation to the ‘comfort women’ of the 1997 85th bylaw report.

●At the UN Human Rights Subcommittee, Special Reporter McDougall made this judgment in August of 1998: “According to common law, prohibition of slavery up until World War II has been clearly established, and as preparation for the Post World War II Criminal Court, includes the Tokyo Military Court ordinance and the Nuremburg Military Court ordinance.”

●Within Japan, of the war crimes (crimes against peace, general war crimes, crimes against humanity), it was considered that there was no precedent for ‘crimes against humanity’ being applied to Japan, but in the Far East Military Court Ordinance Article 5, Section 2c ‘crimes against humanity’ was applied in the military tribunal (Yokohama 8th Military Command section) relating to the forced transfer of the Chinese in Hanaoka, AkitaPrefecture.  “Because the Chinese in this detention center are free contract workers, the defense attorney again raises questions about the court jurisdiction” (Etsuro Totsuka, “The Problem of Unpunished Violations of Human Rights,” Mainichi Newspaper, July 3, 1995).

ICJ International Seminar Tokyo Execution Committee Version “Judged Japan” (Japan Hyoronsha 1996 issue, page 41-51)

 Hunt for the Truth

The truth brings about a way to healthy social cleansing, and helps to prevent the past from repeating itself.

 Presently, this heavily resounds to us living in the victimizing country of Japan.  It is shameful that up until now responsibility for the past has not been accounted for.  For the future of Japan, Prime Minister Hatoyama has the courage to directly face the administration and history.  However, without the support of popular recognition, the settlement of the past and reconciliation with our neighboring countries cannot be realized.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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